「35歳を過ぎたら、エンジニアとしてはもう伸びしろがないですよね」——32歳、SIerでSEとして実務9年のJさんが、初回のカウンセリングで開口一番に口にした言葉です。まだ転職するかどうかも決めていない、情報収集の段階だと聞いていたので、正直なところ少し驚きました。
IT・Web業界を中心に800名以上の転職支援に携わる中で、「35歳限界説」を前提に相談にいらっしゃる30代前半の方に、この数年でよく出会うようになりました。ただ、実際に現場で年収推移を見てきた実感としては、35歳で年収が頭打ちになるという単純な話ではありません。むしろ、35歳前後を境にIC(技術専門職)・EM(エンジニアリングマネージャー)・アーキテクトという3つのキャリアパスへ分岐し、その後の年収の伸び方がはっきり変わっていくというのが実態に近いと感じています。今回は、この分岐の実態を公的データと転職市場のレポートから検証し、パスごとに30代前半〜半ばの今から準備しておきたいことをお伝えします。
この記事で分かること
- 「35歳限界説」がどんな時代背景から生まれた話なのか
- 年代別の年収データから見える、「頭打ち」ではなく「分岐」の実態
- IC・EM・アーキテクト、3つのキャリアパスそれぞれの年収曲線
- 3パスを横並びで比較した年収レンジ・向いている人・必要スキル
- 30代前半〜半ばの今のうちに準備しておくべきこと
目次
「35歳限界説」はどこから来たのか
「35歳定年説」「35歳限界説」という言葉自体は、決して新しいものではありません。もともとは1990年代から2000年代にかけて、SIer業界を中心に語られてきた話です。当時の日本企業の多くは、新卒一括採用と年功序列を前提とした人事制度を持っており、技術者としてのキャリアは「プログラマからSEへ、そしてゆくゆくはマネジメント職へ」という単線的な昇進ルートしか用意されていませんでした。
この構造の中では、35歳前後までにマネジメント職への昇格ルートに乗れなかった人は、その後の昇給ペースが目に見えて鈍化する、という現実がありました。技術力そのものが評価される仕組みではなく、年次に応じたポスト数の限られたピラミッド構造が原因だったわけですが、結果として「35歳を過ぎると技術者としては先がない」という体感が業界に広く定着してしまったのだと思います。
一方で、この20年ほどの間に、IT・Web業界の雇用形態や評価制度は大きく変わりました。自社開発企業を中心に、マネジメントに進まなくても技術力そのもので評価され続けるIC(Individual Contributor、技術専門職)というキャリアパスが定着し、テックリードやプリンシパルエンジニアといった役職も一般的になっています。「35歳限界説」は、単線型のピラミッド組織を前提にした過去の話であって、今のIT業界の年収構造をそのまま説明するものではなくなっているというのが、日々の相談を通じて感じている実感です。
データで見る、年収は本当に35歳で頭打ちになるのか
とはいえ、「昔の話だから今は関係ない」と言い切ってしまうのも乱暴です。実際の年代別データを確認してみます。dodaの「年代別・年齢別平均年収ランキング」によると、全職種平均の年収推移は次のようになっています。
| 年代 | 平均年収 |
|---|---|
| 20代 | 365万円 |
| 30代 | 454万円 |
| 40代 | 517万円 |
| 50代 | 601万円 |
この数字を見る限り、40代でも50代でも年収は右肩上がりで、少なくとも「頭打ち」にはなっていません。ただし、伸び方の角度に注目すると、また違う景色が見えてきます。20代から30代への伸び率は約24.4%(89万円増)であるのに対し、30代から40代は約13.9%(63万円増)にとどまり、伸びるペースがはっきり鈍化しています。
エンジニア職に限定したデータでも、同じ傾向が確認できます。Findyの「エンジニア転職マーケットレポート」(2024年1月、771件のデータを集計)によると、年代別の平均年収は次のとおりです。
| 年代 | 平均年収 |
|---|---|
| 20代 | 504.8万円 |
| 30代 | 682.4万円 |
| 40代 | 793.6万円 |
(出典:Findy「エンジニア転職マーケットレポート」、自社開発Web企業に偏った母集団である点に留意)
20代から30代への伸び率は約35.2%(177.6万円増)、30代から40代は約16.3%(111.2万円増)です。伸び率そのものはdodaの全職種平均より高いものの、30代から40代にかけて伸びるペースが半分以下に鈍化する構造は同じです。この「鈍化」こそが「35歳限界説」の実感の元になっているのだと思います。
ここで見逃せないのが、dodaが別途公開している「40歳会社員の平均年収」のデータです。40代全体の平均年収は503万円である一方、専門職区分に絞ると733万円というデータが示されています(出典:doda「40歳会社員の平均年収」)。同じ40代でも、区分の違いだけで230万円もの差があるのです。「40代で年収が頭打ちになる人」と「40代でも伸び続ける人」の差は、年齢そのものではなくキャリアパスの選び方によって生まれているというのが、この数字から読み取れる構造だと考えています。
言い換えると、35歳前後は「年収の天井」が来る時期ではなく、その後の年収曲線がどのパスを選ぶかによって大きく枝分かれし始める分岐点だということです。ここから、IC・EM・アーキテクトという3つの代表的なパスそれぞれの年収曲線を見ていきます。
ICパス(技術専門職)、年収を伸ばすカギは「言語化」
ICとはIndividual Contributorの略で、部下を持つマネジメント職に進まず、技術そのものを深めることで組織に貢献し続けるキャリアパスを指します。テックリード、シニアエンジニア、プリンシパルエンジニアといった肩書きが、この系統に当たります。
先ほどのFindyのデータ(自社開発Web企業中心)で40代793.6万円という水準が出ていましたが、この母集団にはICとして評価されている層が相当数含まれていると見てよいでしょう。やや古いデータにはなりますが、経済産業省とIPAが2017年に実施した「IT関連産業の給与等に関する実態調査結果」(IT人材約5,000人を対象)では、コンサルタント職で928.5万円という水準が示されています(出典:経済産業省「IT関連産業の給与等に関する実態調査結果」)。調査時期が2017年とやや古く、そのまま現在の相場として使うことはできませんが、専門性を軸にした職種が管理職以上の水準に達しうるという構造自体は、今も変わっていないと感じます。
ICパスの実態として重要なのは、この道が「マネジメントをやらなくていい楽な道」ではないという点です。年収を伸ばし続けるには、組織の中で自分の技術力を評価してもらうだけでなく、転職市場や社外の技術コミュニティでも通用する専門性として言語化できるかどうかが問われます。企業側の評価基準が「コードを書く速さ」から「設計判断力や検証力」へ移りつつある背景については、生成AI時代のエンジニア転職評価基準の変化についての記事でも詳しく触れましたが、ICとして評価され続けるエンジニアほど、この判断力の言語化がすでに身についている傾向があります。
ICパスの弱点は、企業によって制度の成熟度にかなりばらつきがあることです。ICの等級制度やテックリード職を明確に用意している企業がある一方で、中小規模の企業では「マネジメントをやらない人はそれ以上昇給しない」という運用のところも珍しくありません。ICパスで年収を伸ばしたい場合、応募先の企業にICのキャリアラダーが実際に存在するかどうかを、選考の早い段階で確認しておくことが欠かせません。
EMパス(エンジニアリングマネージャー)、上振れ幅の大きさが際立つ理由
EMはエンジニアリングマネージャーの略で、エンジニアチームのマネジメントを担いつつ、技術的な意思決定にも関わる役割です。従来型の「管理職」との違いは、コードやアーキテクチャの理解を保ったまま、採用・育成・評価といった人事的な業務を担う点にあります。
EMパスの年収は、転職市場では特に高く評価されやすい傾向があります。JACリクルートメントの調査結果として紹介されている数字によると、EMとして転職した人の平均年収は1,100万円前後、最高で2,600万円という事例もあるとされています。ただし、これは二次情報として広く紹介されている数字で、私自身、一次資料までは確認できていません。参考程度の数字として受け止めた方がよいと考えています。
より実態に近いのが、求人ベースのデータです。Geeklyがまとめているエンジニアリングマネージャー求人の傾向では、年収600〜700万円帯の求人が多いものの、1,000万円を超える求人も一定数存在するとされています(出典:Geekly「エンジニアリングマネージャーとは」)。つまりEMパスは、求人ボリュームゾーンとしては600〜700万円台が中心でありながら、上振れ幅がかなり大きいという、レンジの広さが特徴のパスだと言えます。
この上振れ幅の大きさは、EMという役割の希少性の裏返しでもあります。技術が分かった上でチームマネジメントもできる人材は、社内で育成するにも時間がかかるため、企業側は転職市場で即戦力のEM人材を採用したいというニーズを強く持っています。私が担当した案件でも、自社開発企業がEM候補の採用に半年以上かけて苦戦しているケースを何度も見てきました。社内で「なんとなくリーダー的な立場」を任されている状態と、転職市場で評価される「EM」として言語化できる状態との間には、想像以上に大きな差があるというのが実感です。
EMパスで注意したいのは、マネジメントの実務経験そのものよりも、その経験を採用面接でどう説明するかが評価を大きく左右する点です。1on1の実施方法、評価制度の運用、退職リスクのある部下への対応など、具体的なエピソードを持っているかどうかで、書類選考の通過率がはっきり変わってきます。
アーキテクトパス、技術判断力の証明が年収を左右する
アーキテクトは、システム全体の設計方針やアーキテクチャ選定に責任を持つ役割です。ICの延長線上にあるとも言えますが、単一のプロダクトやチームを超えて、複数のシステムや事業横断での技術方針に関わる点が特徴です。
レバテックキャリアが公開しているデータによると、ITアーキテクトの平均年収は716万円、求人ベースのレンジは650万円〜1,163万円とされています(出典:レバテックキャリア「ITアーキテクトの年収」)。先ほどの経済産業省・IPAの2017年調査では、プロジェクトマネージャ職で891.5万円という水準も示されていました。データの出典も調査時期も異なるため単純比較はできませんが、上位のアーキテクト職になるほど、企業横断的な技術判断を担う分だけ年収レンジの上限が広がっていく傾向は、複数のデータに共通して見られます。
アーキテクトパスの特徴は、ICやEMと比べて「特定の技術領域を極める」のではなく、「複数の技術選定の妥当性を、事業判断も含めて説明できるか」が問われる点です。私が担当した案件でも、アーキテクト候補者の面接では、単一の技術スタックの知識よりも、「なぜこの構成を選び、他の選択肢をどう却下したか」という判断プロセスを深く掘り下げられる場面が多く見られます。
一方で、アーキテクトという肩書きは企業によって定義の幅が広く、単なる「シニアエンジニアの言い換え」として使われているケースもあります。求人票に「アーキテクト」とあっても、実態は特定プロダクトの設計担当にとどまるのか、複数事業を横断する技術戦略の意思決定に関わるのかで、期待される年収水準は大きく変わってきます。求人票の肩書きだけで判断せず、実際の職務範囲を選考の早い段階で確認しておくことをお勧めします。
3パス横並び比較、年収レンジ・向いている人・求められるスキル
ここまで見てきた3つのパスを、横並びで整理すると次のようになります。
| パス | 40代の年収目安 | 向いている人 | 今から鍛えたいスキル |
|---|---|---|---|
| IC(技術専門職) | 700万円台後半〜900万円台(専門性次第で上振れ) | 特定領域を深く追求することに喜びを感じる人 | 技術的判断の言語化、社外にも通用する専門性の発信 |
| EM(エンジニアリングマネージャー) | 求人ボリュームは600〜700万円台中心、1,000万円超の求人も存在 | 人の成長やチームの成果に関心が向く人 | 1on1・評価・採用など、マネジメント経験の具体化と言語化 |
| アーキテクト | 平均716万円、レンジ650万〜1,163万円程度 | 複数の選択肢を比較し、全体最適を判断するのが得意な人 | 技術選定の判断根拠を、事業視点も交えて説明する力 |
この表を見て分かるとおり、どのパスも「40代で頭打ち」にはなっていません。むしろ、パスによって年収の伸び方の形が違うだけで、いずれも30代のうちに積み上げた実績が40代の年収レンジをそのまま押し上げる構造になっています。逆に言えば、35歳前後で「自分はどのパスを目指すか」を意識せずに漫然と過ごしてしまうと、40代になってからどのパスにも中途半端な状態で取り残されるリスクがある、ということでもあります。
なお、同じキャリアパスであっても、所属する業界によって年収水準はかなり変わります。IT・Web業界と、SIer・メーカー系のIT部門とでは、同じ「アーキテクト」という肩書きでも評価のされ方が違うことが多く、この点はIT・メーカー・金融業界の年収アップ幅を比較した記事でも触れています。パスの選択とあわせて、どの業界で経験を積むかも、年収曲線に影響する要素として意識しておくとよいと思います。
パスごとに、30代前半〜半ばの今から準備すべきこと
3パスの構造が見えてきたところで、実際に何を準備すればいいのかを整理します。35歳になってから慌てて動き出すのではなく、30代前半〜半ばの今のうちに、狙うパスに応じた実績を意図的に積んでおくことが、40代の年収曲線を左右します。
パス別、今から取り組みたいこと
- ICを目指す場合:担当領域での技術的な意思決定の経験を、社内資料やブログ、登壇資料などの形で残す
- EMを目指す場合:正式なマネージャーでなくても、後輩の1on1やレビュー、採用面接への同席など、小さなマネジメント経験を意図的に取りに行く
- アーキテクトを目指す場合:単一プロダクトだけでなく、複数プロジェクトの設計比較・技術選定に関わる機会を増やす
- 共通して:「なぜその判断をしたか」を、その場で終わらせず言語化して残す習慣をつける
以前担当したKさん(34歳・自社開発企業でバックエンドエンジニア、実務10年)は、当時のチームに正式なマネージャー職の空きがなかったものの、新人エンジニアのオンボーディング設計やコードレビューの基準づくりを自主的に担っていました。転職活動を始めた際、この経験を「マネジメント経験」として職務経歴書に具体的に書き出したところ、複数の企業からEMポジションでのオファーを受け、前職から年収を150万円以上引き上げる形で転職が決まっています。役職名がついていなくても、実質的にやってきたことを言語化できれば、選考の場ではマネジメント経験として評価されることを、このケースはよく表していると思います。
一方で、Jさんのように「35歳限界説」を漠然と怖がったまま情報収集だけを続けてしまうと、どのパスの実績も中途半端なまま歳を重ねてしまうリスクがあります。まずは自分がICとEMとアーキテクトのどれに近い適性・興味を持っているのかを棚卸しし、そのパスで評価される経験を意図的に積むところから始めてみてください。IT・Web業界に特化したエージェント(レバテックキャリアやGeeklyなど)に相談すると、自分の経験がどのパスでどの程度の市場価値になるか、客観的な目線で整理してもらえることも多いので、情報収集の一環として話を聞いてみる価値はあると思います。
40代・50代のIT人材を扱う相談窓口の例、エイジレスエージェント
40代の年収曲線は、IC・EM・アーキテクトのどのパスを選ぶかで形が変わります。差を生んでいるのは年齢そのものではなく、実績をどう積み、どう言語化してきたかでした。
この区分けに近い扱い方をしている窓口の一例として、40代・50代のIT人材だけを対象にした「エイジレスエージェント」があります。
役員・管理職からweb系・業務系エンジニアまで扱うIT特化の転職エージェント
無料・全国対応(オンライン・電話面談)
公式サイトによると、エイジレスエージェントは40代・50代のIT人材に特化した転職エージェントで、扱う職種カテゴリには役員・管理職、プロジェクト管理・支援、web系エンジニア、業務系エンジニアが並んでいます。今回取り上げたIC・EM・アーキテクトの3パスと重なる区分です。
求人は年収600万円〜・800万円〜・1000万円〜・1200万円〜・1500万円〜・2000万円〜という区分で用意されており、今回見てきた各パスの年収レンジに応じて相談先を選べる窓口だと言えます。対応エリアは全国で、面談はオンラインまたは電話で実施されるため地方在住でも利用でき、求職者側の費用負担はない(企業からの成功報酬で運営)とのことです。
これらはあくまで公式サイトに掲載されている方針であり、私自身が担当した相談実績として書いているわけではない点は明確にしておきます。ただ、IC・EM・アーキテクトのどのパスを目指すにせよ、40代以降を専門に扱う窓口が実在することは、情報収集の選択肢として知っておいてよいと思います。
まとめ、35歳は「限界」ではなく「分岐点」
「35歳エンジニア限界説」は、新卒一括採用と年功序列を前提とした、かつてのピラミッド型組織を背景に生まれた話です。実際のデータを見ると、40代でも50代でも平均年収は伸び続けており、少なくとも年齢そのものが年収の天井を作っているわけではありません。
ただし、30代から40代にかけて年収の伸びるペースが鈍化するのは事実です。この鈍化を「限界」と捉えるか「分岐点」と捉えるかで、その後10年の年収曲線は大きく変わります。IC・EM・アーキテクトのどのパスを選ぶかによって、40代の年収レンジには200万円以上の差が生まれうることが、今回見てきたデータから分かります。
35歳という年齢そのものを恐れる必要はありません。それよりも、30代前半〜半ばの今のうちに、自分がどのパスで評価されたいのかを見定め、そのパスで問われる経験を意図的に積んでおくことのほうが、はるかに重要です。情報収集の段階だからこそ、焦って結論を出すのではなく、まずは自分の適性とこれまでの経験を棚卸しするところから始めてみてください。
40代・50代のIT人材を専門に扱うエイジレスエージェントで、今の実績がどのパスでどの程度評価されるか相談してみるのも一つの選択肢です。




