同じ経験年数、同じ職種で転職相談にいらっしゃる方でも、内定後に提示される年収の上がり方は業界によってまったく違います。IT・Web業界からの転職と、メーカーや金融業界からの転職とでは、年収の「伸びしろ」の傾向がはっきり分かれるのです。
doda「転職による年収アップ成功者の傾向2026年版」によると、転職での平均アップ額は業種によって20万円以上の開きがあり、これは800名以上の転職支援を通じて見えてきた実感とも一致します。今回は、IT・Web、メーカー、金融という3つの業界を中心に、公的なデータと実際の相談傾向をもとに、年収アップ幅の違いとその背景をまとめました。
この記事で比較する3つの業界
- IT・Web業界:ベースの年収は突出していないが、専門性次第でアップ幅が大きく伸びる
- メーカーなど伝統的業界:給与テーブルに沿うため安定しているが、業種間の格差は意外と大きい
- 金融業界:平均年収・アップ額ともに最大だが、職種による二極化が最も激しい
目次
データで見る3業界の違い、平均年収とアップ額は別の指標
まず、根拠となる数字から確認します。dodaの調査によると、転職市場全体では64.1%が年収アップを達成し、平均アップ額は109万4,383円でした(平均年齢33.4歳)。この全体平均を基準に、3業界の数字を並べると次のようになります。
| 業界 | 平均年収 | 転職時の平均アップ額 |
|---|---|---|
| IT・通信 | 466万円 | 128万703円 |
| メーカー | 492万円 | 111万9,347円 |
| 金融 | 500万円 | 132万4,805円 |
(出典:doda「平均年収ランキング(業種別)」、doda「転職による年収アップ成功者の傾向2026年版」)
興味深いのは、平均年収の順位とアップ額の順位が必ずしも一致しない点です。金融は平均年収・アップ額ともにトップですが、IT・通信は平均年収こそ3業界中もっとも低いのに、アップ額は僅差の2位につけています。逆にメーカーは平均年収こそ金融に次ぐ水準ですが、アップ額は3業界中もっとも小さくなっています。
つまり、「今の年収の高さ」と「転職でどれだけ伸びるか」は別の指標だということです。この違いを理解しているかどうかで、転職活動における期待値の持ち方が大きく変わってきます。
なお、これは同一業界内での転職に限った話ではありません。dodaの調査では、異業種・異職種への転職でも61.2%が年収アップを達成しています。「今の業界に見切りをつけて別業界に移ると年収が下がるのでは」という不安から相談にいらっしゃる方も多いのですが、業界を移ること自体が年収ダウンの直接的な原因になるわけではなく、移った先の業界がどんな給与決定構造を持っているかのほうが影響が大きい、というのが実感です。
年代別で見ると、3業界の順位はまた入れ替わる
先ほどの表は全年代をならした数字でしたが、年代ごとに切り分けると印象はさらに変わります。doda「平均年収ランキング(業種別)」の年代別データを3業界で並べると、次のようになります。
| 年代 | IT・通信 | メーカー | 金融 |
|---|---|---|---|
| 20代 | 396万円 | 397万円 | 410万円 |
| 30代 | 510万円 | 495万円 | 540万円 |
| 40代 | 632万円 | 581万円 | 596万円 |
| 50代〜 | 727万円 | 715万円 | 700万円 |
(出典:doda「平均年収ランキング(業種別)」)
20代の時点ではIT・通信は3業界中もっとも低い水準です。ところが40代に入るとメーカー・金融を逆転し、50代以上では727万円と3業界中もっとも高くなります。逆に、全体平均では首位だった金融は30代から40代にかけての伸びが3業界でもっとも小さく、50代以上ではむしろ3業界中もっとも低い水準になります。
私はこれを、金融業界の平均年収が資産運用・投資銀行系など一部の高年収職種によって押し上げられている一方、年齢を重ねても給与テーブルの伸びしろが小さい職種がその陰に一定数存在するからではないかと見ています。「金融は平均が高いから安心」と捉えるのではなく、自分が就く職種が年齢を重ねるごとにどう評価されていく設計なのか、年代別の推移からも読み取っておくとよいと思います。
男女別の数字にも業界差が表れます。同じdodaのデータで男女の年収差を計算すると、金融がもっとも大きく(男性615万円・女性419万円、差196万円)、メーカーが次いで大きく(男性540万円・女性399万円、差141万円)、IT・通信がもっとも小さくなります(男性498万円・女性416万円、差82万円)。専門スキルの有無で評価が決まりやすい職種ほど、性別による年収差は縮まりやすい傾向があるようだと、IT業界の転職相談を担当していても感じます。
IT・Web業界は「ベースは平均的、伸び幅は上位」という構造
先ほどの表のとおり、IT・通信業界の平均年収は466万円で、3業界の中ではもっとも低い水準です。ところが、転職による年収アップという軸で見ると話は変わります。年収アップの達成率は72.0%、平均アップ額は128万703円で、いずれも全9業種中2位という結果でした。
ベースの年収がそこまで高くないのに、アップ額は上位に入る。この「伸びしろの大きさ」こそ、IT・Web業界の転職相談を担当していて強く実感する部分です。
背景にあるのは、実力主義の評価制度と人材の需給バランスです。専門スキルを持つ人材の採用競争が激しい職種ほど、企業側が年収面で譲歩してでも採用したいという動機が働きます。エンジニアやプロダクトマネージャーとして明確な実績を持つ方ほど、この伸び幅を実感しやすい傾向があります。
ここ数年の相談現場で肌感覚として強まっているのが、DX推進やAI活用を掲げる非IT企業からの採用ニーズです。従来型の業界の企業がエンジニアやデータ人材を自社に迎え入れる動きが増えており、IT業界内での転職だけでなく、異業種からのオファーが年収を押し上げる場面も目にするようになりました。
同じIT業界の中でも、事業会社(自社開発)と客先常駐(SES)とでは平均年収に90万円以上の差があるなど、雇用形態による違いが大きいのもこの業界の特徴です。給与の決まり方そのものが違うため、「IT業界だから年収が上がる」という一括りの期待だけで転職活動を進めるのは危険だと感じています。
業種による違いも見逃せません。マイナビ転職の業種別ランキングでは、同じIT関連でも次のような差があります。
| 業種 | モデル年収平均 |
|---|---|
| インターネット関連 | 643万円 |
| ゲーム関連 | 590万円 |
| ソフトウェア・情報処理 | 577万円 |
| コンピューター機器 | 541万円 |
| 通信関連 | 532万円 |
(出典:マイナビ転職「業種別モデル年収平均ランキング2025」)
実際に、30代前半でSaaS企業のプロダクトマネージャーを担当していた方は、前職の年収480万円から、転職先では610万円という提示を受けました。担当していたプロダクトの立ち上げ経験と、エンジニア出身というバックグラウンドが評価され、130万円のアップです。同じ経験年数でも、担当してきた領域を具体的に語れるかどうかで、この伸び幅は大きく変わってきます。
一方で、専門性がまだ言語化できていない若手のうちは、IT業界であっても大きな伸び幅にならないケースも珍しくありません。実務経験1〜2年程度の方の場合、現在の年収と転職先の給与テーブルがそれほど変わらない、という相談も実際によくあります。
メーカーなど伝統的業界は安定と引き換えの緩やかな年収カーブ
メーカー業界の平均年収は492万円で、全業界の中では金融に次ぐ2位という水準です。ベースの年収自体は高いのですが、転職による年収アップという軸で見ると、平均アップ額は111万9,347円と、IT・金融と比べるとやや控えめな水準にとどまります。
これは、メーカーなど伝統的な業界では、年収レンジ自体が組織の等級・給与テーブルに沿って決まっていることが多いためです。等級制度がしっかり整備されている分、個人の交渉力だけで大きく年収を動かすのは難しい構造になっています。
一方で、近年は半導体やEV(電気自動車)関連の技術者に対して、通常の給与テーブルとは別枠の処遇を用意するメーカーも出てきている印象があります。等級制度の枠組みは維持しつつ、特定領域の専門人材にだけ例外的な水準を提示する動きが、少しずつ広がっているように感じます。
また、給与テーブルに沿った決まり方は悪いことばかりではありません。doda のデータでは、メーカー業界の50代以上の平均年収は715万円に達しており、先ほどの業界平均492万円を大きく上回ります。年功を重ねるほど恩恵を受けやすい設計になっていることがうかがえます。年収の伸びが緩やかな分、賞与・退職金・住宅手当といった福利厚生が手厚く設計されているケースも多く、安定と引き換えの緩やかな年収カーブだと捉えると納得しやすいと思います。
もう一つ見落とされがちなのが、「メーカー」とひとくくりにされがちな業界の中にも、業種によって年収水準にかなりの差があるという点です。
| 業種 | モデル年収平均 |
|---|---|
| 通信機器 | 584万円 |
| 輸送用機器(自動車含む) | 559万円 |
| 半導体・電子・電気機器 | 550万円 |
| 精密機器 | 539万円 |
| 総合電機 | 532万円 |
(出典:マイナビ転職「業種別モデル年収平均ランキング2025」)
通信機器と総合電機だけでも50万円以上の差があります。同じ「メーカー」という括りで転職先を検討していても、実際に応募する業種によって期待できる年収水準は変わってくるので、業種単位での相場確認が欠かせません。
以前担当した40代の生産技術エンジニアの方は、転職前後で年収が450万円から470万円へと、20万円のアップにとどまりました。ご本人のスキルが低かったわけではなく、応募先企業の等級テーブル上、経験年数に対する年収の上限がそこにあったためです。メーカー業界では、こうした「等級の天井」を選考の早い段階で確認しておくことが、内定後の期待値のズレを防ぐポイントになります。
金融業界は職種・ポジションによって差が非常に大きい
金融業界は、平均年収500万円で3業界の中でもっとも高く、転職による平均アップ額も132万4,805円で全9業種中1位という結果でした。数字だけ見ると、もっとも「稼げる」業界のように見えます。
ただし、この平均値には大きな注意が必要です。マイナビ転職の業種別モデル年収ランキングでは、金融関連の中でも業種によって年収水準に極端な差があることが分かります。
| 業種 | モデル年収平均 |
|---|---|
| 外資系金融 | 1,626万円 |
| 生命保険・損害保険 | 911万円 |
| 証券・投資銀行 | 652万円 |
| 銀行 | 562万円 |
| クレジット・信販 | 527万円 |
(出典:マイナビ転職「業種別モデル年収平均ランキング2025」全112業種中)
もっとも高い外資系金融と、もっとも低いクレジット・信販とでは、1,000万円以上の差があります。この傾向は公的な統計にも表れていて、厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査 結果の概況」でも、男性の所定内給与月額(賞与を除く月給ベース)は「金融業,保険業」が55.33万円で全産業の中でもっとも高い水準でした。「金融業界だから年収が高いはず」というイメージだけで転職活動を始めると、実際の提示額とのギャップに戸惑うことになりかねません。
最近は金融機関がフィンテック領域やITシステムの内製化を進める中で、金融の専門知識よりもエンジニアリングスキルを重視した採用枠が増えている印象もあります。こうした枠では、金融業界特有の給与テーブルというより、IT人材市場の相場に近い年収が提示されるケースも出てきました。
専門職とそれ以外で二極化しやすい
同じ金融業界でも、資産運用やM&A関連など専門性の高いポジションと、一般的な事務・オペレーション系のポジションとでは、転職時の年収の動き方がまったく異なります。金融業界だからと一括りにせず、職種単位で相場を確認することが欠かせません。
資産運用会社でファンドマネージャーを担当していた30代の方は、転職で年収が720万円から950万円まで伸びました。一方、同じ金融業界でも一般事務からオペレーション職への転職を希望していた方は、前職とほぼ変わらない年収での着地となりました。同じ「金融業界」という括りでも、職種によってここまで結果が分かれます。
これまで担当した相談の中でも、「金融業界だから年収が高いはず」という思い込みだけで転職活動を始めてしまい、実際の提示額とのギャップに戸惑う方を何人か見てきました。業界のイメージと、自分が就く職種の実態は分けて考えた方がよいと思います。
注意: ここで紹介しているのはあくまで公開データと、支援してきた中で見えてきた一般的な傾向です。同じ業界・同じ職種でも、企業の成長ステージや経営状況によって年収の伸び方は変わります。最終的には応募先ごとの実態を確認してください。
業界の傾向を転職活動の期待値調整に活かす
- 希望する業界の年収レンジが、給与テーブル型か個人の専門性重視型かを事前に把握する
- 業界のイメージだけで判断せず、実際に応募する業種・職種単位で相場を確認する
- 「平均年収」だけでなく「転職時にどれだけ伸びるか」も分けて確認する
業界の傾向を知っておくことは、転職活動における期待値のすり合わせにとても役立ちます。同じ経験年数・同じ職種であっても、業界が変われば「普通どのくらい上がるものか」という基準そのものが変わってくるからです。
初任給の水準にも、この傾向は表れています。マイナビ「2025年総評 マイナビ転職 初年度年収レポート」によると、初年度年収は金融・保険が575.4万円、IT・通信・インターネットが568.7万円と、どちらも全業種の中で上位に入ります。入り口の年収は業界による差が比較的小さくても、そこから先の伸び方は、ここまで見てきたとおり業界構造によって大きく分かれていきます。
面談で年収の話をする際も、この業界構造を理解しているかどうかで印象は変わります。「御社の業界は給与テーブル型だと理解しています」「専門性を評価いただける制度だと伺っています」というように、業界の給与決定構造を踏まえた質問ができると、採用担当者にとっても話が早くなります。逆に、業界の相場感を無視した金額だけを主張してしまうと、どれだけスキルが高くても交渉が噛み合わなくなりがちです。
よくある質問
業界を変えると年収は下がりやすいですか。 一概には言えません。dodaの調査でも異業種転職の61.2%が年収アップを達成しており、業界を変えること自体が年収ダウンに直結するわけではないというのが実感です。むしろ影響が大きいのは、移った先の業界が給与テーブル型か個人の専門性重視型かという構造の違いです。年功要素の薄い業界に移るなら、直近の実績をどれだけ具体的な数字で語れるかが、年収の伸び幅を左右します。
年収が一番上がりやすい業界はどこですか。 今回比較した3業界の中では、平均アップ額だけを見ると金融がもっとも大きい結果でした。ただし金融は職種による二極化も大きいため、「金融業界に行けば誰でも伸びる」というわけではありません。私の実感では、伸び幅の大きさよりも、自分の経験やスキルが希少な領域に当てはまっているかどうかのほうが、業界名以上に効いてきます。
まとめ:業界研究は年収交渉の土台になる
同じ経験年数・同じ職種であっても、業界によって転職時の年収の上がり方には大きな違いがあります。IT・Web業界はベースこそ平均的でも専門性の伸びしろが年収に直結しやすく、メーカーは安定重視で業種間の格差が意外と大きく、金融は平均値こそ最大ながら職種による二極化が起きやすい、というのがデータと支援実績の両面から見えてきた傾向です。
業界ごとの「普通の伸び幅」を知っておくことは、内定条件を冷静に評価するための土台になります。次回は職種別の違いについても書いてみようと思います。




