「同年代の他社エンジニアと比べて、自分の年収は低いのではないか」——そんな漠然とした不安を抱えて相談にいらっしゃったのが、IT業界でエンジニアとして働くAさん(30代前半)でした。現職での年収は480万円。決して悪い数字ではありませんが、Aさん自身、それが市場相場に照らして妥当なのかを一度も検証したことがなかったといいます。

私がこれまで担当してきた相談の中でも、「今の年収が適正かどうか分からないまま、なんとなく不安だけを抱えている」というケースは珍しくありません。実際にスキルや経験を棚卸ししてみると、本人が思っている以上に市場価値が高いことは多く、Aさんもまさにそのタイプでした。

今回は、Aさんが年収480万円から620万円のオファーを獲得するまでに取り組んだ、次の2つのプロセスに沿ってご紹介します。

  • スキル・経験を棚卸しして、市場相場のレンジを把握する
  • 面接で実績を「具体的な数字」で語れるように練習する

Aさんの相談内容、「なんとなく年収が低い気がする」という不安

自分の市場価値が分からず、虫眼鏡でスキルや経験を見つめ直す様子を表したイラスト

Aさんは新卒からずっと同じIT企業に勤め、システム開発の実務を積み重ねてきた方でした。転職活動の経験は一度もなく、自分のスキルが社外でどう評価されるのかを知る機会がこれまでなかったといいます。

相談の最初にAさんが口にしたのは、「同期で他社に転職した友人が年収600万円をもらっていると聞いて、急に不安になった」という一言でした。ただし、その友人と自分の経験やスキルを具体的に比較したわけではなく、あくまで人づてに聞いた数字だけが独り歩きしている状態でした。

こうした「他人の年収と自分を漠然と比べて不安になる」相談は、私のもとにもよく寄せられます。ただ、比較の軸が「噂話」や「求人票の年収レンジ」だけだと、判断を誤りやすくなります。大切なのは、自分自身の経験を市場相場に照らして具体的に評価し直すことです。

市場価値を可視化する、スキル・経験の棚卸し

Aさんとまず取り組んだのは、これまで担当してきたプロジェクトの規模、使用技術、マネジメント経験の有無を一つひとつ書き出す作業でした。棚卸しの視点は、次の3つです。

  • 担当したプロジェクトの規模(人数・予算・期間)
  • 使用してきた技術スタックと、その市場での需要
  • 後輩指導やチームリードなど、マネジメント経験の有無

書き出してみると、Aさんは大規模プロジェクトのサブリーダーを2年間務めた経験があり、複数の技術領域を横断して担当してきたことが分かりました。これは、Aさんが「当たり前にやってきたこと」として、自分では実績だと認識していなかったものです。

この棚卸しの結果を市場相場と照らし合わせたところ、Aさんのスキルなら600万円台前半のレンジが十分に狙えることが分かりました。480万円という現職の年収は、Aさんの経験に見合った金額とは言えなかったのです。

面接で実績を「数字」で語る練習

市場価値の把握と並行して取り組んだのが、面接での伝え方の練習です。Aさんは自分の成果を語ることに慣れておらず、「チームに貢献した」「売上に貢献した」というように、成果を控えめかつ曖昧に表現する傾向がありました。

面接での伝え方が、あいまいな表現から具体的な数字を使った表現へ変わる様子を表したイラスト

そこで私が提案したのは、成果を数字に置き換えて話す練習でした。「売上に貢献した」ではなく「開発したシステムにより処理時間を30%短縮した」というように、具体的な数字を添えて語る形に一つずつ言い換えていきました。

最初のうちは、Aさんも「そこまで具体的に言っていいのか」と戸惑っていました。ただ、面接官の立場から見れば、根拠のない「貢献した」という言葉より、数字の裏付けがある話のほうがはるかに説得力を持ちます。

ポイント: 実績は「頑張った」ではなく「何がどれだけ変わったか」で語る。数字が思い出せない場合は、当時の資料やメールを見返すだけでも具体的な表現が見つかることがあります。

620万円のオファーとその後

面接での練習を重ねた結果、Aさんは複数社の選考を通過し、最終的に620万円のオファーを獲得して転職を決断されました。現職の480万円から140万円のアップです。

Aさんはオファー獲得後、「自分の市場価値をきちんと理解できたことが、一番の収穫だった」と話してくれました。年収が上がったこと以上に、根拠を持って自分の実績を説明できるようになったことへの手応えが大きかったようです。

面談の中でAさんが繰り返し口にしていたのは、「今まで、自分の経験がどこまで通用するのか分からないまま働いていた」という言葉でした。棚卸しを通じて自分の市場価値を数字で把握できたことが、今後のキャリアを考える上での判断材料にもなったといいます。

まとめ:年収は「なんとなく」ではなく、棚卸しで根拠を作る

Aさんのケースが示しているのは、年収の妥当性は感覚や噂話ではなく、自分のスキル・経験を具体的に棚卸しすることで初めて根拠を持って判断できるということです。

同じように「なんとなく自分の年収は低いのではないか」という不安を抱えている方は、まず友人の年収と比べる前に、自分自身の経験を市場相場に照らして棚卸しするところから始めてみてください。数字で語れる実績が一つ見つかるだけで、面接での説得力も、年収交渉の結果も大きく変わってきます。