オファー通知書を3枚並べ、電卓で時給に割り戻していったら、額面はほぼ同じなのに数字が最大800円近く変わった——そんな場面に、私はオファー面談の同席で何度も立ち会ってきました。

私はIT・Web業界を中心に800名以上の転職支援に携わっていますが、SRE・インフラエンジニアの求人では「年収600万円」という同じ表記の中に、オンコール当番の待機・呼び出し対応がどこまで織り込まれているかがまったく違うケースをよく見ます。今回は、額面年収を実質時給に変換する計算式と、求人票・オファー面談で数値を引き出す確認方法を、実際にあった比較を交えてお伝えします。

今回は、次の内容に沿ってご紹介します。

  • 「年収600万円」の中身が会社によってどう違うのか、オンコール手当の3つのパターン
  • 額面年収を実質時給に変換する計算式と、待機時間をどう按分するか
  • 求人票・オファー面談でオンコール条件を数値で引き出す質問例
目次
  1. SREの年収600万円、オンコール手当の織り込み方は会社によって違う
  2. 実質時給の計算式、額面年収を「拘束時間」で割り戻す
  3. パターン別シミュレーション、同じ年収600万円でここまで違う
  4. 待機時間は労働時間にあたるのか、法律上の整理
  5. 実例、3社のオファーを実質時給で並べ替えたGさんの場合
  6. 求人票・オファー面談で確認すべき質問リスト
  7. 「SREはやめとけ」の声と、実質時給の低さという一因
  8. まとめ、年収の額面より先に実質時給を計算する

SREの年収600万円、オンコール手当の織り込み方は会社によって違う

求人票の年収欄に書かれた「600万円」という数字は、SRE・インフラエンジニアの求人においてほとんど当てにならない指標です。理由は単純で、その600万円の中にオンコール当番の待機時間や深夜の呼び出し対応がどこまで含まれているかが、会社ごとにまったく違うからです。「賞与込み」と書かれた年収の内訳を確認しないと手取りの見込みが立たないのと同じ構造が、オンコール手当にも当てはまります。

ある会社では、オンコール対応も「業務範囲」として基本給に最初から溶け込ませています。別の会社では、当番1日ごと・呼び出し1回ごとに手当を積み上げる回数制を採っています。さらに別の会社では、手当という名目自体が存在せず、「SREなら当然の業務」という説明だけで片付けられていることもあります。

同じ600万円という額面でも、拘束時間の総量が違えば対価はまったく別物になります。この記事のテーマである実質時給は、まさにこの拘束時間の差を数字に変換するための考え方です。

私がこの論点を重視するようになったのは、ある候補者のオファー面談に同席したときの一幕がきっかけでした。先方の採用担当者は「オンコール手当は特に設けていません。年俸の中で調整しています」と説明していましたが、その場で当番の頻度まで突っ込んで尋ねると、月10日以上の待機が常態化していることが分かりました。額面上は同業他社と遜色ない年収でも、拘束時間まで含めて計算し直すと、時給ベースでは見劣りする求人は少なくありません。

実質時給の計算式、額面年収を「拘束時間」で割り戻す

実質時給を出す考え方自体はシンプルです。額面の年収を、実際に会社に拘束されている時間の総量で割るだけです。ただし分母の作り方に、多くの人が見落とすポイントがあります。

実質時給の計算式

  • 表面時給 = 額面年収 ÷ 所定労働時間のみ(多くの人がこの計算で満足してしまう)
  • 実質時給 = 額面年収 ÷(所定労働時間 + 待機時間の一定割合 + 呼び出し対応の実働時間)

所定労働時間は、年間の実労働時間を1,920時間(1日8時間×週5日×48週相当)と置くのが目安です。ここに、オンコール当番として待機している時間のうち一定割合を加算します。待機時間の全部を労働時間として数えるべきかどうかは後述する法律上の論点がありますが、実質時給を自分の生活実感として捉えるなら、行動を制限される時間の半分程度を目安に加算しておくと、拘束の重さが数字に反映されやすくなります。

呼び出し対応の実働時間は、実際に電話・Slack・作業に費やした時間をそのまま積み上げます。1回の呼び出しを平均30分と見積もる会社が多いですが、障害の切り分けが長引けば1時間を超えることも珍しくありません。この分母の作り方次第で、同じ年収でも実質時給の見え方は大きく変わります。

待機時間をどれだけ加算するかの「50%」という比率は、あくまで目安であって絶対的な基準ではありません。外出も飲酒も難しく、着信から数分以内の対応を求められるような拘束の重い当番であれば70%程度まで引き上げて厳しめに見積もり、逆に着信頻度が低く自宅にいれば行動がほぼ自由な当番であれば30%程度に抑えるなど、自分の生活実感に合わせて比率を動かしてみると、求人ごとの違いがより実感に近い数字として見えてきます。

パターン別シミュレーション、同じ年収600万円でここまで違う

同じ額面年収600万円を、オンコール条件が違う3つの会社に当てはめてみると、実質時給の差がはっきり見えてきます。所定労働時間は共通で年間1,920時間とし、待機1日につき24時間×50%=12時間を労働時間として加算、呼び出し1回あたりの実働は0.5時間という前提で、3社とも年収600万円で割って計算しました。B社の待機・呼び出し手当(年間約26.4万円)は、年収600万円の中に含めたうえで割っています。

会社オンコール条件待機・呼び出しの追加時間総拘束時間実質時給
A社手当なし、月8日待機・月6回呼び出し年間1,188時間3,108時間約1,930円
B社待機1日3,000円+呼び出し1回5,000円、月4日待機・月2回呼び出し年間588時間2,508時間約2,390円
C社手当なし、月12日待機・月10回呼び出し年間1,788時間3,708時間約1,620円

表面時給(所定労働時間1,920時間のみで割った数字)はどの会社も同じ約3,125円です。ところが待機・呼び出しの拘束時間を分母に足した瞬間、A社は約1,930円、B社は約2,390円、C社は約1,620円と、最大で770円近い差が生まれます。

額面年収だけを見ていると、この差はどこにも表れません。求人票に「年収600万円」と書かれていても、それが表面時給3,125円分の労働を指しているのか、実質時給1,620円分の拘束を含んでいるのかは、当番の頻度と手当の有無を確認しない限り分からないということです。

B社のように呼び出しの頻度に応じて手当が積み上がる回数制は、拘束が軽い月は手当も少ない代わりに、拘束が重い月には収入も増える構造になっています。一方でA社・C社のように「手当なし・年俸に込み」とされている会社は、当番の頻度がどれだけ増えても年収が変わりません。同じ「手当なし」でも、当番の頻度が少ない会社と多い会社とでは、実質時給の下がり方がまったく違うという点は、面談で必ず確認しておきたいところです。

回数制の手当額が妥当かどうかの物差しも、一つ挙げておきます。人事部Q&Aに載っているある社労士の回答では、IT企業の目安として平日夜間の待機1回で1,000〜3,000円、休日終日の待機で1日3,000〜10,000円、週単位の当番で1週1〜3万円とされています。公的統計ではなく個人の目安で、SRE固有の相場でもありません(出典:人事部Q&A)。それでもB社の待機1日3,000円は、このレンジの範囲内に収まっています。

待機時間は労働時間にあたるのか、法律上の整理

ここまでの計算では待機時間の50%を便宜的に労働時間として加算しましたが、法律上は待機時間がどこまで「労働時間」に該当するかという別の論点があります。

弁護士法人による解説では、自宅待機や携帯電話での呼び出し対応時間が労働時間にあたるかどうかは、着信の頻度や、その間にどれだけ行動が制限されているかで判断されるとされています。最高裁判例(大星ビル管理事件)では、仮眠時間中も突発的な業務対応の義務があり実質的に自由利用が制限されている場合は労働時間にあたると判断されました(出典:弁護士法人Y&Kの解説)。

同じ解説は逆側の結論も示しています。携帯電話での対応では、実際に対応した時間は労働時間ですが、着信を待っているだけの時間は、着信が少なく行動制限もなければ原則として労働時間にあたらないとされ、大道工業事件はその否定例として挙げられています。

つまり、待機中に外出も飲酒もできず、着信があれば数分以内の対応を求められるような拘束が強い当番であれば、法的にも労働時間として扱われるべき余地があります。一方で、着信頻度が低く行動の自由度が高い待機であれば、労働時間性は弱まります。この線引きは職場ごとの実態によって変わるため、「待機時間は労働時間に含まれない」という会社側の説明を鵜呑みにせず、実際の行動制限の程度を自分で確認する必要があります。

待機とは別に、実際に呼び出されて作業した時間は、法的には割増賃金の対象になりうる時間です。厚生労働省の案内では、時間外は25%以上、深夜(22時〜5時)は25%以上、法定休日は35%以上、月60時間を超える時間外は50%以上の割増とされています。時間外と深夜が重なれば1.50、休日と深夜が重なれば1.60の率になります(出典:厚生労働省「確かめよう労働条件」)。深夜の呼び出しが多い当番で「手当なし・年俸に込み」と言われたときは、この割増が考慮されているかを確かめる価値があります。

ポイント: 待機時間が労働時間に該当するかどうかは、頻度と行動制限の程度で判断されます。曖昧なまま「みなし」で片付けている会社ほど、実質時給を自分で計算しておく価値があります。

実例、3社のオファーを実質時給で並べ替えたGさんの場合

38歳・経験14年のGさんは、独立系SIerの保守運用部門で、金融系客先の基幹システムのサーバ・ネットワーク運用を長年担当してきたインフラエンジニアです。転職活動の結果、3社からほぼ同時期にオファーが出ました。

会社①は同業のSIer系で、既存の客先常駐を継続する形の年収600万円。会社②はBtoB SaaSを展開する事業会社のインフラ部門で、年収580万円。会社③は小規模な受託開発会社のインフラ運用チームで、年収620万円という提示でした。額面だけを比較すれば、Gさんが優先したくなるのは会社③です。

私がGさんと一緒に3社のオンコール条件をヒアリングし直したところ、会社①は当番月8日・呼び出し月6回で手当なし、会社②は待機1日3,000円と呼び出し1回5,000円の回数制で当番月4日・呼び出し月2回、会社③は当番月12日・呼び出し月10回で手当なしという内容でした。先ほどの表のA・B・C社は、実はこの3社をもとにした数字です。なお表は条件の差を比べやすくするため、年収を3社とも600万円にそろえて計算しています。実際の年収で割り直すと、会社②(580万円)は約2,313円、会社③(620万円)は約1,672円で、順位は変わりません。

実質時給で並べ替えると、額面が最も低かった会社②が約2,390円で最上位、額面が最も高かった会社③が約1,620円で最下位という、額面のランキングとは逆の結果になりました。Gさんはこの逆転に驚きつつも、「拘束される時間まで含めて考えると、確かに③が一番きつい生活になりそうです」と話していたのを覚えています。

最終的にGさんが選んだのは、額面が3社中最も低い会社②でした。会社③と会社②では、額面の差は年間40万円です。それでも、表の値で見た実質時給の差770円(2,390円と1,620円)の方が、生活に与える影響が大きいと判断したというのが、Gさんの決め手でした。当番の頻度が少ない分、休日に急に予定を崩されるリスクも低く、平日の睡眠の質にも直結する条件だったことが大きかったようです。

決める前にもう一つ、Gさんは会社②に対して「待機1日3,000円・呼び出し1回5,000円という手当は、給与明細上どの項目で支給されるか」を確認しています。基本給に組み込まれる形だと社会保険料の算定基礎に含まれ翌年の保険料が上がりますが、都度払いの手当扱いなら影響が限定的です。この確認によって、額面の年収580万円が実質的にどこまで手取りに残るかまで見通しを立てられたことも、判断材料の一つになりました。

求人票・オファー面談で確認すべき質問リスト

実質時給を自分で計算するには、求人票だけでは足りない情報を、面談や面接の場で自分から引き出す必要があります。私が候補者に使ってもらっている質問は次の通りです。

オンコール条件を数値で確認する質問例

  • 「オンコール手当は固定制(年俸に込み)ですか、それとも当番・呼び出しごとの回数制ですか」
  • 「当番が回ってくる頻度は、月あたり何日程度が目安ですか」
  • 「実際に呼び出される回数は、直近3ヶ月の平均で月何回くらいですか」
  • 「待機時間中の行動制限はどの程度ですか(外出可否・飲酒可否・対応までの猶予時間)」
  • 「ローテーションは日替わりですか、週替わりですか。何人で回していますか」
  • 「呼び出し1回あたりの最低保障時間(短時間の対応でも30分や1時間として扱うなど)はありますか」
  • 「深夜・休日の呼び出し対応に、割増賃金や振替休日は発生しますか」

これらの質問に共通しているのは、「オンコールはありますか」という有無の確認で止めず、頻度・時間・手当の計算方法まで数字で答えてもらう点です。名ばかりの「手当込み」という説明で終わらせず、当番1日あたり・呼び出し1回あたりの実質的な対価まで踏み込むことで、初めて実質時給の計算材料がそろいます。

質問ごとの狙いを補足すると、固定制か回数制かを聞くのは、当番が増えたときに収入も増える構造かどうかを見るためです。行動制限の程度を聞くのは、前述の労働時間性の判断材料であると同時に、生活への実際の影響を測るためでもあります。深夜・休日対応の割増や振替休日の有無を聞くのは、拘束の重さが給与テーブルの外側で補填されているかを確認するためです。

面接で自分の職務経歴を語る際にも、この視点は使えます。「オンコール対応をしていました」で終わらせず、「月あたりの当番日数と呼び出し件数を、着任時と直近でそれぞれ◯件から◯件に改善した」のように、拘束の重さを自分の言葉で数字にできると、面接官への説得力も変わってきます。

「SREはやめとけ」の声と、実質時給の低さという一因

額面の年収だけを見て転職を決め、入社後に拘束時間の重さに気づいてから「割に合わない」と後悔する相談を、私は何度も受けてきました。ネットでよく見かける「SREはやめとけ」「インフラはきつい」という評判の背景には、この実質時給の低さが一因としてあると私は見ています。

求人票の職種名が「SRE」であるか「インフラエンジニア」であるかという肩書きの違いよりも、当番の頻度と手当の設計の方が、日々の生活実感に直結します。この点については、SREを名乗りながら実態がインフラ運用の延長にとどまる求人の見分け方も別の記事で詳しく取り上げているので、あわせて確認しておくと選考の場での質問の幅が広がります。

データセンター常駐が前提の運用チームと、フルリモートでノートPC一台あればどこからでも対応できるSREチームとでは、同じ「待機」という言葉でも拘束の重さがまったく違います。前者は移動時間そのものが制約になり、後者は自宅にいながら数分で一次対応に着手できることも多いため、実質時給を計算するときの按分率も自然と変わってきます。求人票の勤務形態の欄と、オンコール対応の欄をセットで読む習慣をつけておくと、この差に気づきやすくなります。

年収データの参考値としては、求人ボックスの集計では、執筆時点の掲載値でインフラエンジニアの平均月給は50.8万円です。月給×12の単純換算ならおよそ610万円になります(年収の記載はないため筆者の換算です)。求人の分布は月給30.4万円以下から98.9万円以上まで幅広いというデータがあります(出典:求人ボックス「インフラエンジニアの求人の給与」)。ただしこの数字はオンコール条件を反映していないただの額面平均であり、実質時給に直すとこの幅の中でも順位が入れ替わることは、Gさんの事例が示した通りです。

私の実感としては、「SREはやめとけ」という言葉を検索する前に、まず自分が今検討している求人のオンコール条件を数字にしてみることをおすすめします。同じ職種名でも、実質時給に直すと数百円の差がつくことは珍しくありません。その差を知らないまま職種そのものを避けてしまうのは、機会損失としてもったいないというのが私の考えです。

まとめ、年収の額面より先に実質時給を計算する

SRE・インフラエンジニアの求人票に並ぶ「年収600万円」という数字は、オンコール手当の織り込み方次第で、実質時給に直すと数百円の開きが出ることがあります。Gさんの事例が示した通り、額面が高い求人ほど実質時給が高いとは限らず、むしろ逆転することさえあります。

表面時給ではなく、待機時間と呼び出し対応の時間まで分母に加えた実質時給で比較する。この一手間を面談前にかけられるかどうかが、入社後に「思っていたより拘束が重い」と気づいて後悔するか、納得して条件を選べるかの分かれ目になるというのが、この記事で一番伝えたかったことです。