源泉徴収票を机に出し、その横に内定通知書を並べて「これ、140万円も下がるんですか」と聞かれる。金融系や官公庁向けの大手SIerからWeb系自社開発へ移る方の相談では、こういう場面が珍しくありません。

私はIT・Web業界を中心に800名以上の転職支援に携わってきましたが、提示額が下がる人と下がらない人を並べてみると、差を作っているのは職務経歴の優劣よりも、現職の年収の中身と、応募する職種・職位の選び方であることが大半です。今回は、年収を総額で並べ直す手順と、上流工程の経験が評価されやすい職位・企業の見分け方を、相談事例を交えてお伝えします。

今回は、次の内容に沿ってご紹介します。

  • 金融系・官公庁案件の大手SIerからWeb系へ移ると、提示額が下がりやすい構造的な理由
  • 賞与月数・残業代・住宅手当・退職金や持株会を、現職と提示額で並べ直す手順
  • 年収が下がらなかった人と下がった人の分かれ目
  • 要件定義・上流工程の経験を評価してくれる職位・企業の見分け方
  • 下がった年収の許容ラインと、2〜3年での回復の設計
目次
  1. 金融系SIerからWeb系へ年収が下がると言われる理由
  2. 水準が高い理由を分解しておく
  3. 提示額が下がる内訳を、賞与・残業代・住宅手当で並べ直す
  4. 並べ直しの手順
  5. 住宅手当は「消える」のではなく「手取りで効く」
  6. 賞与月数だけでなく「見えにくい報酬」まで確認する
  7. 退職金・企業年金・持株会
  8. 年収が下がらなかった人と下がった人の分かれ目
  9. 「経験が長い=グレードが高い」とは限らない
  10. 上流・要件定義の経験が評価されやすい職位・企業
  11. 評価されやすい4つの枠
  12. 面接で語る内容も組み替える
  13. 下がる年収の許容ラインと、2〜3年での回復設計
  14. よくある質問
  15. まとめ

金融系SIerからWeb系へ年収が下がると言われる理由

まず前提として、金融系SIerの年収水準は、IT業界の中でも高い位置にあります。JAC Recruitmentが公開している実績では、金融系SEの年収は2024年1〜12月の集計で20代が500〜750万円、30代が700〜900万円、40代が800〜1,000万円、50代が800〜1,200万円となっています(出典:JAC Recruitment「金融系SEの転職市場」)。30代で700万円台から900万円という幅は、IT業界の中でも上のほうです。

企業ごとのばらつきも大きいところです。転職メディアのGeeklyが金融系SIerの売上・年収ランキングをまとめており、同じ「金融系SIer」でも会社によってかなりの開きがあります(出典:Geekly「金融系SIerの売上・年収ランキング」)。ただし同ページ自身が2023年版のデータで現在と異なる可能性があると断っているので、個社の数字はあくまで参考値として見てください。

では、この水準からWeb系自社開発へ移るとどうなるか。私の担当した範囲では、平均的なSIerからなら年収は同等か微増にとどまる人が多い印象です。ただ、金融系・官公庁案件の大手SIerのように現職の水準が高い場合は、提示額が現年収を下回るケースも確かにあります。

水準が高い理由を分解しておく

金融系や官公庁向けの案件は、止められないシステムを扱うぶん、案件単価も、稼働の厚みも大きくなりがちです。その結果、年収は基本給だけでなく、賞与の月数、残業代、各種手当が厚く積み上がった形になっていることが多い。

一方のWeb系自社開発は、年俸制や裁量労働制で残業代が出ない設計だったり、住宅手当や家族手当のような属人的な手当がなかったりします。同じ「年収◯◯万円」でも、積み上げ方がまったく違うわけです。ここを分解せずに額面だけ見比べると、下がったように見えてしまいます。

提示額が下がる内訳を、賞与・残業代・住宅手当で並べ直す

では、実際にどう並べ直すのか。次の事例で見ていきます。

なお、この記事に出てくるYさん・Zさんは、実際の相談をもとに属性や金額を組み替えて構成した匿名の事例です。特定の個人の数字ではなく、現場で見かける典型的な内訳を再現したものとして読んでください。

大手SIer本体に在籍するYさん(38歳・経験15年)は、都市銀行向けの基幹システム刷新で、要件定義とベンダー調整を担当してきた方です。現年収は約980万円。初めて受けたWeb系企業(BtoB SaaSのバックエンドエンジニア職)の提示は840万円で、冒頭の「140万円も下がるんですか」は、こうした場面でよく出る言葉です。

そこで一緒にやったのが、源泉徴収票ではなく給与明細12か月分と賞与明細を使った分解でした。Yさんの現職の内訳は、おおよそ次のとおりです。

項目現職(年額)提示額840万円の場合
基本給(月額約43万円)約516万円年俸に含まれる
賞与(年間約5.5か月)約237万円年俸に含まれる(別途支給なし)
残業代(月40時間前後)約150万円原則なし(年俸に含まれる)
住宅手当・家賃補助約60万円なし
その他(家族手当など)約17万円なし

合計すると約980万円。ここで、残業代と住宅手当という「勤務実態や生活条件に左右される部分」を外して、所定内の報酬だけで比べると、現職は約770万円、提示は840万円です。所定内で見れば、約70万円上がっていることになります。

つまり140万円の差の正体は、年収が下がったのではなく、約210万円ぶんの残業代と手当が消えたことでした。ここを理解しているかどうかで、承諾するか迷うか、交渉するか見送るか、判断の質が変わります。

並べ直しの手順

Yさんとやったことを、手順にまとめると次のとおりです。

現職と提示額を総額で並べ直す手順

  • 給与明細12か月分と賞与明細を集め、基本給・賞与・残業代・各種手当に仕分ける
  • 残業代は「月ごとのばらつき」を見て、年間の実績値で出す(繁忙期だけを見ない)
  • 住宅手当・家賃補助は、社宅や借り上げ住宅の場合、自己負担との差額で換算する
  • 提示額側は、固定残業代の含有時間・賞与の有無と算定方法・各種手当の有無を、通知書と求人票の両方で確認する
  • 残業代・手当を除いた「所定内」同士と、すべて含めた「総額」同士の、2通りで比較する

ここで差が出やすいのが、固定残業代の扱いです。Web系の提示額に「月45時間分の固定残業代を含む」と書かれている場合、基本給部分は見た目より低くなります。逆に、現職の残業が月40時間でも、提示側の固定残業代が30時間分なら、超えた分は追加で支給されるのが本来の姿です。

この辺りは求人ごとに設計が違うので、一般論では判断できません。提示額の読み方は、別の記事でも整理しています(内定後に提示された年収の内訳の読み方)。

住宅手当は「消える」のではなく「手取りで効く」

もう一つ、私が必ず確認するのが住宅関連です。Yさんは社宅制度を使っており、自己負担は月2万円ほどでした。つまり実質的な家賃補助は、手当としての約60万円より大きかった可能性があります。

制度がなくなる転職では、年収額面の差だけでなく、手取りの差を生活費ベースで計算する必要があります。Yさんの場合、転職後は家賃を自分で全額払う形になるため、同じ額面でも手取りの実感は額面差以上に落ちます。ここを織り込まずに承諾すると、入社後に「思ったより苦しい」となりかねません。

賞与月数だけでなく「見えにくい報酬」まで確認する

金融系の大手SIerでは、賞与の月数が年収に占める割合が大きい点も押さえておきたいところです。賞与は査定や業績で変動しますが、毎年ほぼ同じ月数が出てきた人ほど、転職すると「年俸に込み」という形で月割りされて見えなくなります。

賞与月数を年俸と比べるときは、現職の過去2〜3年の実績平均を使うのが現実的です。直近の好調な1年だけを基準にすると、転職先の提示が不当に低く見えてしまいます。

退職金・企業年金・持株会

数字に表れにくい部分も、一度は棚卸ししておきます。

年収額面に出てこない確認項目

  • 退職金制度・企業年金の有無と、勤続年数による支給額の変わり方(途中で移ると不利になる設計かどうか)
  • 持株会の奨励金の有無(現職の持株会を続けられなくなる分の機会損失)
  • 転職先側のストックオプション・RSU(額面年収には入らないが、後から効いてくる)
  • 福利厚生(社員食堂、保養所、人間ドック、研修費補助など、生活費に直接効くもの)

この領域の金額を、私は具体的に断言しないようにしています。制度が会社によって違いすぎるうえに、公的な統計で「平均はこれ」と言えるデータを確認できていないからです。大切なのは平均値ではなく、自分の現職でいくらぶんの制度が失われるのかを自分で出すこと。退職金規程と持株会の規約を、辞める前に一度は読んでおくことをおすすめします。

RSUやストックオプションの換算は、それだけで別の論点になります。換算の考え方はRSUを年収に換算して比較する方法と、ストックオプション付きオファーで年収が下がる場合の判断にまとめました。

年収が下がらなかった人と下がった人の分かれ目

同じ大手SIerの出身でも、提示額が現年収を上回る人と、下回る人がいます。私の担当した範囲で見える分かれ目は、主に次の3つでした。

先ほどのYさんと対照的な例として、31歳のZさんを挙げます。官公庁向け案件の要件定義を担当していた方で、現年収は約650万円。残業代は月15時間程度で、賞与の比率が高い一方、手当はそれほど厚くありませんでした。応募したのは決済系SaaSの、要件整理と顧客折衝を担う求人で、提示は約690万円。現職を上回る提示でした。

提示額が下がるかどうかを分ける3つの要素

  • 現職の総額に占める、残業代と手当の割合(高いほど、年俸制では下がって見える)
  • 応募した職種と、これまでの経験の「語彙」が一致しているか(エンジニア職か、要件・導入側の職種か)
  • 提示グレードの根拠が、コード実務年数ではなく上流の実績に置かれているか

Zさんは、現職の総額が残業代・手当に寄っていなかったため、そもそも「消える部分」が小さかった。そのうえ、応募先の職種が上流・要件側の経験を直接評価する枠だったため、提示のグレードも高めに出ました。

一方、Yさんの最初の応募は、残業代と手当の厚い総額を、エンジニア職の提示と比べる形でした。エンジニア職のグレードはコードを書いた年数を軸にする傾向があり、要件定義が主だった15年のYさんは、経験年数の長さに対して、提示グレードが「中堅」寄りに出ました。

「経験が長い=グレードが高い」とは限らない

大手SIerの年次は、プロジェクトマネジメントやベンダー調整、顧客折衝など、広い意味の上流業務を含めて積み上がっています。ところが、Web系自社開発のエンジニア職は、実装・設計・運用の実績で評価する設計が多い。評価の物差しが違うため、年次がそのまま提示額に反映されないのです。

この点はSIerのPM経験がPdM職で評価されない問題でも詳しく書きました。物差しが違うという事実は、本人の能力の問題ではなく、応募する職種の選び方で変えられます。

上流・要件定義の経験が評価されやすい職位・企業

では、上流・要件定義の経験をそのまま評価してくれる枠はどこにあるのか。Yさんの2社目の応募は、まさにここを狙ったものでした。実際に私が見てきた範囲で、相性が良いと感じる職位を整理します。

評価されやすい4つの枠

共通しているのは、コードの量ではなく「顧客や業務の課題を整理して、何を作るかを決める」力を採用の中心に置いている点です。大手SIerで要件定義を担ってきた方の経験が、そのまま職務の中身に重なります。

上流・要件定義の経験を評価されやすい職位の例

  • エンタープライズ向けSaaSの導入・要件担当(顧客の業務を整理し、製品へ落とし込む職種)
  • SaaS企業のソリューション職・[プリセールス寄りの職種](/blog/engineer-presales-transition-interview/)(要件のヒアリングや提案が中心)
  • FinTech・決済系プロダクトの要件整理・プロダクト企画側の職種(金融業務の知識がそのまま効く)
  • 事業会社の社内開発部門・[情報システム部門](/blog/inhouse-se-strategy-operation-salary-gap/)(発注側として要件を握る立場)

Yさんの2社目は、エンタープライズ向けSaaS企業の導入・要件担当でした。提示は約900万円。現職980万円との差は約80万円で、1社目の140万円差よりは縮まりました。残業代と住宅手当がなくなる点は同じですが、所定内で見ると、現職770万円に対して約130万円上がっている計算です。

評価されたのは、金融業務の知識と、顧客側の意思決定者との調整経験でした。これは、コードを書いた年数では測れない経験です。逆に言えば、この種の枠では、コーディング経験の薄さが書類で弱みになりにくい。一方、バックエンドエンジニア職に応募して書類で弱いのは、評価軸が合っていないからです。

面接で語る内容も組み替える

応募する職種を変えるだけでなく、面接での語り方も合わせる必要があります。要件定義の経験は、「進行管理をしました」ではなく、「どの要望を捨て、何を優先し、どう合意を取ったか」という意思決定の経過で語ると伝わりやすい。語り直しの具体例は、自社開発の最終面接で落ちる理由でも触れています。

また、モダン化や技術的負債に関する質問が出たときの答え方は、技術的負債への向き合い方の語り方が参考になります。

下がる年収の許容ラインと、2〜3年での回復設計

最後に、年収が下がる提示をどう扱うか。私は「下がる=悪い」とは考えていません。ただし、下がった後の回復の道筋が見えない提示は、慎重に見るべきだと考えています。

許容ラインの考え方は、次の3点で決めると整理しやすい。

許容ラインを決める3つの視点

  • 生活費ベースで、手取りが下がっても家計が回る下限はいくらか
  • 所定内同士で見て、現職より上がっているか(上がっていれば、残業代の消失は働き方の対価と割り切れる)
  • 入社後の昇給・昇格の仕組みが、面談で具体的に説明されたか

回復の設計で一番見るのは、グレード制度の有無です。提示時点のグレードが、いつ・何を満たせば上がるのか。ここが曖昧な会社は、入社後に「年収の伸びしろ」を自分で交渉するしかなくなります。確認すべき質問は、オファー面談で聞くべきグレード制度の質問にまとめてあります。

Yさんは2社目の約900万円を承諾しました。入社時に面談で、評価時期とグレード要件を聞き、1年半後の評価で昇格しています。年収は約960万円まで戻りましたが、これは制度が具体的だったことが前提で、再現性を保証できる話ではありません。

ポイント: 「いつ戻るか」の目安は、提示額ではなく、グレード制度と評価サイクルから逆算する。評価が年1回なら、最短で次の評価時期が回復のタイミングになります。

回復に2〜3年かかる設計は、私は妥当な範囲だと見ています。ただし、その間の生活費と、住宅や教育費などの固定費が耐えられる前提で、です。生活の下限が先にあって、その上で提示額を見る順番を守ってください。

よくある質問

金融系SIerからWeb系に転職すると、必ず年収は下がりますか。 必ず下がるわけではありません。現職の総額に占める残業代・手当の割合が高い人ほど、年俸制のWeb系では下がって見えやすい、というのが私の実感です。所定内で比べて上がっているかどうかが、最初の判断材料になります。

提示額が現年収より低いとき、交渉の余地はありますか。 あります。ただし、「現年収が高かったから」では交渉の根拠になりません。応募職種で評価される実績を示したうえで、グレードの再評価を依頼する形が通りやすいです。提示額の根拠を具体的に聞くところから始めてください。

住宅手当がなくなる分は、どう比べればいいですか。 額面ではなく、自己負担を含めた生活費ベースで比べてください。社宅や借り上げ住宅の場合は、自己負担額との差額が実質の補助です。住宅手当の一般的な支給額は、公的に確認できる数字を持っていないので、ご自身の明細で出すのが確実です。

コード経験が少なくても、Web系に転職できますか。 可能ですが、応募先の選び方次第です。エンジニア職ではコード実務を問われやすい一方、導入・要件担当やソリューション職などでは、上流の経験が主役になります。まず応募する職種を整理するところから始めてください。

まとめ

金融系・官公庁案件の大手SIerからWeb系へ移ると、提示額が現年収を下回ることはあります。ただ、その多くは、年収が下がったのではなく、残業代と手当という積み上げの部分が消えただけです。

だからこそ、額面の比較で一喜一憂せず、所定内と総額の2通りで並べ直す。そして、上流・要件定義の経験を評価してくれる職位に応募を当てる。この2つの順番を守ることが、下がる人と下がらない人を分ける一番の差だというのが、この記事で一番伝えたかったことです。

迷ったら、まず給与明細12か月分と賞与明細を机に広げてみてください。数字を出してからであれば、提示額の見え方は、かなり変わります。