「月給40万円と書いてあるのに、内定通知書の基本給は30万円を切っていた」——求人票と通知書を見比べて、こう戸惑う方に何度も会ってきました。
私はIT・Web業界を中心に800名以上の転職支援に携わっていますが、エンジニア求人の月給欄にある「固定残業代を含む」の一言を読み飛ばして、後から手取りや賞与の計算で驚く例は珍しくありません。今回は、固定残業代の仕組みを最低限の範囲で整理したうえで、求人票の1行をどう読み、面談で何を確認すればいいのかをお伝えします。
今回は、次の内容に沿ってご紹介します。
- 固定残業代(みなし残業)が何を「先払い」している制度なのか、裁量労働制とどう違うのか
- 「月給40万円(固定残業代45時間分を含む)」から基本給と時間単価を逆算する手順
- 面談で聞くべき5つの質問と、答え方から見えてくる会社の運用の差
- 求人票・通知書・実態が食い違ったときの動き方
目次
固定残業代(みなし残業)とは何を先払いしている制度か
固定残業代とは、毎月の残業代として、あらかじめ決めた時間分の割増賃金を定額で支払う仕組みです。求人票では「みなし残業」「固定残業手当」「みなし残業代」などの名前で書かれます。呼び方はバラバラですが、中身は同じです。
ここで押さえてほしいのは、あらかじめ決めた時間分を「先に払っている」だけで、残業を何時間やっても定額で済むという制度ではないことです。厚生労働省の労働条件Q&Aでも、算定の基礎とした時間数を超えて働いた場合は、超過分の割増賃金を追加で支払う必要があると整理されています(出典:厚生労働省「スタートアップ労働条件」固定残業代のQ&A)。
つまり「みなし残業45時間」と書かれていれば、45時間分の残業代が月給に含まれているという意味です。50時間働いた月は、超えた5時間分が別に支払われるのが本来の姿になります。
残業が少ない月は減額されるのか
反対の疑問も多く聞きます。残業がゼロの月は、固定残業代の分だけ給与が減るのか、という点です。固定残業代は「一定時間分までの割増賃金として定額で支払われる賃金」という位置づけなので、残業が少なかった月も、その分が差し引かれる前提の制度ではありません。
実際の残業が設定時間より少なかった月は、その差分が「得をした」状態になります。裏を返せば、月給の一部が残業代の名目になっているので、残業が全くない会社でもその分は基本給として受け取れていない、とも言えます。ここが次の節の「基本給の読み方」につながります。
裁量労働制とは別の制度
用語の混同も多いところです。裁量労働制(専門業務型・企画業務型)は、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ定めた時間働いたものとみなす制度です。固定残業代は、時間外労働に対する割増賃金を定額で先払いしている仕組みで、労働時間の算定方法の話ではなく賃金の払い方の話になります。
エンジニア求人では「みなし労働時間制」「みなし残業」と似た言葉が並ぶので、読み違えやすい部分です。裁量労働制の中身は別の機会に整理するとして、この記事では固定残業代だけに絞って進めます。
エンジニア求人の「固定残業代」表記を読み解く
同じ「月給40万円」でも、書き方によって読み方が大きく変わります。エンジニア求人でよく見る表記を、読み取れる情報の量で並べてみます。
| 表記の例 | 読み取れること | 足りない情報 |
|---|---|---|
| 月給40万円(固定残業代45時間分を含む) | 固定残業代込みの総額と、含まれる時間数 | 固定残業代の金額、基本給 |
| 月給40万円(基本給29.6万円+固定残業代10.4万円/45時間分) | 内訳・時間数すべて | 超過分を追加払いするかの記載 |
| 基本給30万円+職務手当10万円 | 手当の名前だけ | その手当が残業代なのか、役割手当なのか |
| 想定年収600万円(月給+賞与) | 年額の総額のみ | 月給の内訳、賞与の算定基礎 |
最も情報が多いのは2行目のような、金額・時間数・内訳が揃った書き方です。厚生労働省のQ&Aでは、求人時の明示として、固定残業代の計算方法(時間数と金額)、固定残業代を除いた基本給の額、固定残業時間を超える分の割増賃金は追加で支払う旨の3点が示されています(出典は先ほどのQ&Aと同じです)。
私の感覚では、1行目の書き方は広く見かけますが、3点が揃っていない例はまだ多く、3行目の「手当」表記は名前だけでは何も分かりません。求人票をスクロールして見分けるときは、まず次の4つを探します。
求人票で最初に探す4つ
- 固定残業代の時間数(何時間分か)
- 固定残業代の金額(何円か)
- 固定残業代を除いた基本給の額
- 時間数を超えた分は別に支払う、という一文
3つ以上が欠けている求人は、書類を出す前にエージェント経由で確認するか、面談まで保留にするのが安全です。書かれていないことが悪意とは限りませんが、読み手が計算できない書き方になっているのは事実です。
基本給を逆算して、45時間分の金額が妥当か確かめる
内訳が書かれていない求人は、自分で逆算できます。難しい計算ではありません。
月給制の1時間あたり賃金は、月給(算定から除外できる手当を除く)を、年間の1か月平均所定労働時間で割って求めます。割増率は、時間外労働が25%以上です(出典:厚生労働省「スタートアップ労働条件」割増賃金のQ&A)。月60時間を超える時間外労働は50%以上です。
仮の数字で計算してみる
ここでは、年間の1か月平均所定労働時間を160時間とした仮の例で考えます(会社によって違うので、実際は就業規則や求人票の所定労働時間から出してください)。月給40万円のうち、固定残業代が45時間分とします。
基本給をXとすると、1時間あたり賃金はX÷160円、時間外の割増賃金は1時間あたりX÷160×1.25円です。45時間分なら、X÷160×1.25×45で、基本給のおよそ35%に当たります。
したがって、月給40万円=X+X×0.35=X×1.35となり、Xはおよそ29.6万円、固定残業代はおよそ10.4万円と逆算できます。月給40万円と見えていた数字のうち、基本給として使える部分は4分の1ほど小さい、ということです。
ポイント: 固定残業代は、基本給のおよそ「時間数×0.8%」が目安になります(1.25÷160=約0.78%)。45時間なら約35%、30時間なら約23%です。この目安を知っておけば、内訳が書かれていない求人でも暗算に近い形で当たりをつけられます。
基本給が下がると何が変わるか
基本給が小さく見えるだけなら気にしなくてよいのでは、と思う方もいます。しかし、賞与や退職金の算定基礎が基本給に連動している会社は少なくありません。月給40万円全体を基準に賞与が出ると思っていたのに、実際は基本給29.6万円の何か月分で計算されていた、という例です。賞与込み年収の内訳を読む手順は、別の記事で詳しく書いています(賞与込み年収の内訳の読み方)。
もう1点、基本給から時間単価を出す視点も重要です。基本給が低めで時間数だけが大きい求人は、設定時間を超えたときの追加分も小さくなります。仮に月給が同じでも、残業時間の設定が大きいほど基本給は小さく、1時間あたりの賃金も小さくなります。額面の高さに引っ張られず、基本給を時間で割ってみる習慣は、オファーを比べる場面でも役に立ちます(実質時給で比べた例は、オンコール当番のある運用職の実質時給の記事で書いています)。
時間単価まで出したら、ついでに見ておくこと
逆算した基本給を所定労働時間で割ると、基本給部分だけの1時間あたり賃金が出ます。仮の例なら、29.6万円÷160時間で約1,850円です。この数字が、勤務地の最低賃金を下回っていないかも見ておくと安心です。最低賃金は地域ごとに毎年改定されるため、数字は応募時点で厚生労働省や各労働局の公表を確認してください。
エンジニア職の求人でこの水準を割るケースは多くありませんが、地方の求人や、短い所定労働時間で月給を低めに設定した求人では、計算してみて初めて気づく例もあります。電卓で1分あれば済む確認なので、応募前の習慣にしておくと損はありません。
また、固定残業代の時間数は、応募企業どうしを比べるときの物差しにもなります。同じ月給でも、一方が20時間分、もう一方が45時間分なら、基本給の差は月数万円になります。年収を横並びで比べるときは、固定残業代を除いた基本給と、含まれる時間数を並べて見るのが私のやり方です。
設定時間と実際の残業時間は別の話
時間数の設定が長いほど危ない、と考える人もいますが、私の見方は少し違います。設定が30時間でも、実際の残業が月45時間を超える職場はあります。反対に、設定が45時間でも、実際は月10時間程度という会社もあります。見るべきは設定時間そのものより、設定と実態のずれです。
エンジニア求人では、業態によっておおよその傾向があります。あくまで私が担当した求人の範囲での感覚ですが、受託開発やSESでは設定時間が大きめで、納期前に実際の残業が設定を超える職場も見かけます。一方、自社開発のスタートアップでは、設定そのものを置かずに基本給と役割手当だけで組む例も多くあります。傾向であって、会社ごとに確認が必要です。
実際にあった例(仮の数字を含みます)
30歳・経験5年のバックエンドエンジニアのCさんは、内定通知書の「基本給」の欄に目が止まりました。求人票には「月給42万円(固定残業代50時間分を含む)」とあり、通知書の基本給は30万円を少し超える程度でした。
私が最初にお願いしたのは、通知書の数字を使った逆算でした。50時間分なら基本給のおよそ39%が固定残業代、という目安に当てはめると、基本給はおよそ30.2万円。通知書と合っていたので、記載の食い違いではなく、求人票の読み方の問題だったと分かりました。
次に、面談の場で「直近1年の月平均残業時間」と「設定を超えた月に追加分が払われた実績」を聞いてもらいました。人事の回答は、チーム平均で月20時間前後、超えた月は少ないが過去にあった際は申請して支払われた、というものでした。設定は50時間でも、実態は半分以下。Cさんは条件に納得して入社しています。逆に、実態が設定を超え続けている会社だったなら、辞退を勧めたと思います。
この例で伝えたいのは、50時間という数字そのものが良いか悪いかではなく、数字の中身と運用を確認したうえで判断できたかどうかです。
面談で聞く5つの質問
聞きにくい話題ですが、質問の仕方を整えれば角は立ちません。私がカジュアル面談や最終面談の前に候補者へ渡す質問は、次の5つです。
固定残業代について面談で確認する5つ
- 固定残業代の時間数と金額、除いた基本給はいくらか
- 直近1年の月平均残業時間(チーム単位)と、設定時間を超えた月の頻度
- 設定時間を超えた分は、別に支払われているか。申請の方法は
- 賞与・退職金・昇給の算定基礎は基本給か、固定残業代込みの月給か
- 残業が少ない月でも、固定残業代の金額は変わらないか
質問の順番は、時間数と金額の確認から入るのが自然です。いきなり「残業は多いですか」と聞くと、答えが抽象的になりやすいからです。
答え方から運用の差が見える
同じ質問でも、答えの質には差があります。「月平均はおおよそ◯時間です。設定を超えた月は◯回ほどあり、その場合は追加で支払っています」と、数字と運用をセットで答えられる会社は、制度として回っている可能性が高いと私は見ています。
逆に、「みなしなので、そこは気にしなくて大丈夫です」「頑張り次第です」といった答えが続くときは、設定時間を超えた分の扱いが曖昧になっているかもしれません。確認のたびに話がそれる場合は、書面(労働条件通知書)で時間数・金額・超過分の扱いを出してもらえるかを聞いてみてください。書面での回答を渋るかどうかも、一つの判断材料です。
なお、基本給と別の手当を固定残業代とみなせるかどうかは、契約書の記載、会社の説明、実際の労働時間などを総合して判断されると整理されています。口頭だけで済ませず、書面で何と書かれているかを確かめる意味はここにもあります(出典は先ほどの固定残業代のQ&Aです)。
オファー面談全体の質問は、オファー面談でグレードの位置づけを確認する質問で整理しています。
求人票・通知書・実態が食い違ったときの動き方
入社前なら、確認して納得できなければ辞退できます。入社後に食い違いに気づいた場合は、段階を踏んで動くのが現実的です。
食い違いに気づいたときの順番
- 労働条件通知書・求人票・就業規則の該当箇所を手元に集め、日付と文言を記録する
- 勤務時間と残業の実績を、日ごとにメモか記録で残す(始業・終業の時刻が分かるもの)
- 人事または上長に、数字をそろえて確認する(感情的な言い方にしない)
- 解消しなければ、労働基準監督署や総合労働相談コーナーなど公的な窓口へ相談する
最初から公的な窓口に駆け込む必要はありません。ただ、記録がないと窓口でも説明に時間がかかります。差し当たり、通知書の写しと日々の勤務記録を残しておく、という一点だけは入社前から勧めています。
どの窓口に相談するにしても、まずは事実を数字で整理して話すのが近道です。
よくある質問
固定残業代45時間分は違法ですか。 時間数だけを見て違法かどうかを判断することはできません。私が確認できている整理は、通常の賃金部分と割増賃金部分が区別できること、設定時間を超えた分は追加で支払うこと、定額部分が法定の計算額を下回れば差額を支払うことです。45時間という数字より、これらの条件が満たされているかを見てください。
固定残業代込みの月給は、残業が少ない月に減りますか。 設定時間分の残業をしないと「損」という発想は不要です。固定残業代は定額で支払われる賃金ですので、早く帰っても、その分が引かれる仕組みではありません。心配なら、面談で「残業が少ない月も金額は変わらないか」を確認してください。
求人票に内訳がない場合、応募前に聞いてもよいですか。 聞いて問題ありません。エージェント経由なら、私たちが企業に確認して回答を返すのが通常の動きです。直接応募でも、書類選考通過後の面談で確認すれば十分間に合います。
固定残業代がない会社のほうが安全ですか。 一概には言えません。固定残業代がなくても、実際の残業に対して残業代が払われていなければ意味がありません。制度の有無より、時間数・金額・超過分の扱いが明示され、運用されているかを見るほうが確実です。
まとめ:月給の数字より、中身と運用を聞けるか
固定残業代の求人で一番もったいないのは、「月給40万円」の数字だけを見て応募し、基本給や超過分の扱いを確認しないまま判断してしまうことです。この記事で一番伝えたかったのは、月給の額面より、基本給と設定時間の運用を確認することが、固定残業代の求人を読む本質だという点です。
手順に直すと、次のとおりです。求人票で時間数・金額・基本給・超過分の4点を探す。足りなければ基本給の目安(時間数×0.8%)で逆算する。面談では、実際の残業時間と超過分の支払い実績を数字で聞く。違和感があれば、書面で確かめる。
固定残業代そのものは、きちんと運用されていれば悪い制度ではありません。ただ、読み方を知らないまま内定承諾に進むのは避けてほしいと思っています。年収の内訳を読むときに、他の確認項目も合わせて整理したい方は、求人票の年収レンジの読み方もあわせてご覧ください。




