「月の手取り自体は悪くないのに、来月の案件がまだ決まっていないというだけで、夜になると急に不安になるんです」——フリーランスエンジニアとして3年目に入ったAさん(30代前半・Webアプリ開発)が、面談でそう漏らしたのを覚えています。

私はIT・Web業界を中心に800名以上の転職支援に携わっていますが、フリーランスから正社員への相談で必ず出てくるのが「年収は下がるんですよね」という質問です。実際に数字を並べ直してみると、額面の比較だけでは測れない差がいくつも隠れています。今回は、フリーランスエンジニアが正社員に戻るときの年収比較で見落とされがちな3つのポイントと、実質的な比較の仕方を具体的な数字でお伝えします。

今回は、次の内容に沿ってご紹介します。

  • フリーランスエンジニアが正社員に戻るとき、額面の年収比較だけで判断すると見誤る理由
  • 社会保険料・稼働リスク・退職金や有給という「見えない報酬」を実額で積み上げる比較の仕方
  • 正社員への書類選考・面接で実際に見られているポイントと、通過した志望理由の伝え方
目次
  1. フリーランスエンジニアが正社員に戻るとき、年収比較を額面でやると必ず間違える
  2. 見落とし1、社会保険料と年金——「見えない給与」を実額で積む
  3. 見落とし2、稼働が途切れるリスクを年収に換算する
  4. 見落とし3、退職金・有給・福利厚生という後払いの報酬
  5. 実質年収の比較シート、フリーランスと正社員オファーを同じ軸で並べる
  6. 正社員に戻る選考で、私が実際に見ているもの
  7. 契約終了のタイミングと転職活動のスケジュールを合わせる
  8. 「なぜ正社員に戻るのか」、通った答え方と懸念を強めた答え方
  9. まとめ、額面の差に飛びつく前に見えない部分まで積み上げる

フリーランスエンジニアが正社員に戻るとき、年収比較を額面でやると必ず間違える

フリーランスエンジニアが正社員に戻るかどうかを検討し始めた人の多くは、まず現在の年間請求額と、企業やエージェントから提示されるオファー年収を横に並べます。単価と実働月数を掛け合わせた金額と、企業側が出す年収の額面を比べて「下がるからやめておく」と結論づけてしまう場面を、私はこれまで何度も見てきました。

Aさんのケースで言うと、月単価70万円の案件を年間11か月ほど稼働していたので、額面は770万円程度になります。一方で当時受けていた自社開発企業のオファーは620万円台でした。単純に引き算すれば150万円のダウンです。多くの人はここで検討を止めてしまいます。

正社員に戻る検討を始めるきっかけは、Aさんのような収入の波だけではありません。体調を崩したこと、家族が増えて生活設計を見直したこと、案件の質が落ちてきたと感じたことなど、相談内容は人によってさまざまです。ただ、きっかけが何であれ、最初につまずくポイントは共通していて、それが額面だけの年収比較です。

SESから自社開発企業への転職で年収が実際に上がるのかを検証した記事でも触れたように、正社員同士で比較する場合は額面の差がほぼそのまま実態の差に近く、比較的シンプルです。ところがフリーランスと正社員の比較は、そもそも比較している数字の性質が違うため、同じやり方は通用しません。

150万円という数字は、社会保険料・稼働が途切れるリスク・退職金や有給といった「見えない部分」を一切加味していません。額面の差がそのまま生活の差になるわけではないという前提から、比較をやり直す必要があります。

フリーランス向けの情報サイトや案件紹介サービスの記事を読むと、正社員との年収比較が「単価×稼働月数」の額面同士でしか語られていないことが多いのも、この誤解が広まりやすい一因だと私は見ています。案件を紹介する立場からすれば、フリーランスを続けてもらう方が都合がよいので、額面が高く見える比較で止めてしまうのは、ある意味で自然なことです。だからこそ、正社員に戻る選択肢を検討する側は、比較の土俵そのものを疑ってかかる必要があります。

天秤の片側に単一の四角、もう片側に見える部分と点線で描かれた見えない部分が積み重なった四角を配置し、盾のマークが添えられているイラスト

見落とし1、社会保険料と年金——「見えない給与」を実額で積む

正社員として働くと、給与明細には天引きされた社会保険料しか載りませんが、会社はそれとほぼ同額を、目に見えないところでもう一つ負担しています。厚生年金保険料は労使折半で料率18.3%、本人負担は9.15%です。健康保険も同様に会社と折半します。フリーランスにはこの「会社負担分」がまるごと存在しません。

国民年金保険料は令和8年度で月額17,920円、年額にすると215,040円です。これを全額自分で払う必要があります(日本年金機構「国民年金保険料」)。厚生年金に加入していれば、同じくらいの金額を会社が上乗せして払ってくれているのに、その分は自分の懐から出ていかない、という違いがあります。

健康保険料も同じ構造です。協会けんぽの東京都の令和8年度の保険料率は9.85%で、こちらも会社と折半します(全国健康保険協会「令和8年度の保険料率」)。40歳以上ならさらに介護保険料1.62%が上乗せされますが、これも半分は会社負担です。さらに令和8年4月分(5月納付分)からは、子ども・子育て支援金として全国一律0.23%が加算されています。フリーランスが加入する国民健康保険は自治体ごとに料率が異なるため一律には言えませんが、事業所得ベースで数百万円台になると、地域によっては年間70万円台から90万円台に達することもあります。

Aさんが受けていた年収620万円台のオファーで概算してみると、厚生年金と健康保険の本人負担は合わせて年間80万円台になります。そして会社は同じく80万円台をもう一枠、別に負担しています。フリーランス時代のAさんは、国民年金の21万5,040円に加えて、居住していた自治体の国民健康保険料として年間70万円弱を払っていました。会社負担という上乗せがない分、同じような保障を得るために自分の懐から出ていく金額の比率は、正社員よりも重くなります。

国民健康保険の料率は市区町村ごとに設計が異なり、同じ所得でも住む場所によって年間で10万円以上の差が出ることもあります。東京23区のように所得割の料率がやや高めに設定されている自治体もあれば、地方都市で抑えられているところもあり、断定的な全国共通の金額は出せませんが、フリーランスとして高単価案件をこなしているほど、この保険料の重さは無視できない水準になっていきます。

さらに見落とされがちなのが、老後に受け取る年金の中身の違いです。フリーランスは国民年金だけなので、将来受け取れるのは基礎年金のみです。厚生年金に加入していれば、基礎年金に加えて納めた保険料に応じた報酬比例部分が上乗せされます。年収620万円台なら、厚生年金の本人負担は国民年金の年約21.5万円より多くなります。ただ、払う額の差以上に、受け取る年金の構造が違うという事実は、月々の保険料の比較だけを見ていると気づきにくいところです。

ここまでの数字を対比すると、Aさんが正社員になれば、会社が別枠でおよそ年間80万円台を負担してくれます。一方、フリーランス時代は同程度の保障を、国民年金と国民健康保険の合計およそ年間90万円の自己負担で賄っていました。しかも、そこに厚生年金の上乗せはありません。なお、この2つの金額は足し合わせて比べるものではなく、並べて見るものです。

扶養家族がいる場合は、この重みがさらに増します。正社員であれば健康保険の被扶養者制度により、収入が一定以下の配偶者や子どもの保険料は追加負担なしでカバーされますが、フリーランスの国民健康保険にはこの仕組みがなく、世帯人数が増えるほど保険料も加算されていきます。

見落とし2、稼働が途切れるリスクを年収に換算する

フリーランスの年収を語るとき、多くの人は「単価×12か月」で計算しがちですが、実際には契約の切れ目や案件探しの期間があり、12か月フル稼働できる年はそう多くありません。Aさんの場合も、過去3年の実績を振り返ると、平均で年間1.5か月ほど無収入の期間があったといいます。

これを期待値の考え方で計算し直すと、月単価70万円×稼働率88%(年間10.5か月相当)で年収は約735万円になります。景気が悪化した年や体調を崩した年には、稼働率が75%程度(9か月)まで落ち込み、年収は630万円まで下がる可能性もあります。額面の770万円は「一番良い年の数字」であって、平均でも保証された数字でもありません。

2024年11月に施行されたフリーランス新法によって、発注者側には契約条件の明示や中途解除の予告といった義務が整理されました。ただ、契約そのものを更新するかどうかは依然として発注側の裁量に委ねられています。制度が整っても、稼働が途切れるリスク自体がなくなったわけではないというのが、現場で相談を受けている実感です。

実際にAさんは2年目の途中で常駐先の契約が更新されず、次の案件が決まるまでに2か月ほど空白期間がありました。「その2か月だけで手取りが140万円ほど吹き飛んだ」と話していましたが、こうした谷は特別な不運ではなく、フリーランスとして働く以上、いつかは誰にでも起こり得る事態です。

自分の稼働リスクを年収に換算する作業は、感覚ではなく手順として進めた方が精度が上がります。相談者には次の3ステップで計算してもらうことが多いです。

稼働率を織り込んだ実質年収の出し方

  • 過去2〜3年分の実際の稼働月数を洗い出し、平均稼働率を出す(フル稼働できなかった月・待機月をすべて含める)
  • 平均稼働率に加えて、直近1年で最も悪かった月の稼働率も別に記録しておく
  • 「単価×12か月×平均稼働率」を基準値、「単価×12か月×最悪年の稼働率」を下振れシナリオとして、2つの数字を並べて見る

この計算をすると、フリーランスの額面年収が「一番良かった年の実績」を無意識に基準にしていたことに気づく人がほとんどです。基準値と下振れシナリオの2つを並べて初めて、正社員オファーとの比較が同じ土俵に乗ります。

単価や稼働率は人によって違うので、Aさんの数字をそのまま当てはめる必要はありません。月単価90万円クラスで稼働が安定している方であれば額面のインパクトはさらに大きくなりますし、逆に月単価55万円前後で案件の入れ替わりが激しい方であれば、そもそも額面差自体が小さく、見えない部分を積み上げるまでもなく答えが出ることもあります。大事なのは、自分の実績値に置き換えて同じ手順で計算し直すことです。

一方、正社員のオファー年収620万円台は、よほどのことがない限り毎月ほぼ確実に支払われる金額です。フリーランスの770万円は幅のある期待値、正社員の620万円台はほぼ確定額という、性質の異なる数字を並べて比較していたことになります。

この発想は、額面が下がるオファーをどう受け止めるかという別の場面でも使えます。ストックオプション付きの転職で額面年収ダウンを期待値で判断する考え方は以前の記事でも紹介しましたが、フリーランスの案件収入も本質的には確率的な変数であり、確定額と単純に足し算・引き算できるものではありません。

見落とし3、退職金・有給・福利厚生という後払いの報酬

社会保険や稼働リスクほど話題になりませんが、退職金・有給休暇・各種手当も、正社員という契約形態に組み込まれた報酬の一部です。フリーランスにはこれらがまるごと存在しないため、額面の年収だけを比較していると、この部分がすっぽり抜け落ちます。

有給休暇は、働かなくても給与が出る日数です。年間10日の有給が取れる会社なら、Aさんの単価換算(70万円÷稼働日数21日=1日あたり約3.3万円)で考えると、年間33万円分の収入が「休んでも減らない」計算になります。正社員オファーの年収620万円を約240日で割ると1日あたり約2.6万円で、10日なら約26万円です(計算値)。どちらで見ても、20万円台後半から30万円台前半の価値があります。フリーランスは体調を崩して1週間休めば、その分がそのまま収入から消えます。

体調不良で長期間働けなくなったときの備えも違います。正社員には健康保険から傷病手当金が支給される制度がありますが、国民健康保険にはこの仕組みがない自治体がほとんどです。退職金も同様で、中小企業でも勤続10年程度で100万円前後が出るところは珍しくありません。フリーランスにはこの仕組み自体がなく、老後資金は小規模企業共済やiDeCoで自分で積み立てるしかありません。

企業規模によって、この後払いの報酬の厚みはさらに変わります。大手企業では住宅手当や家族手当が月2万〜3万円ついている求人も珍しくなく、年間にすると数十万円の差になります。中小・ベンチャーではこうした手当がない代わりに月給に寄せて還元しているケースもあるので、オファー面談では基本給だけでなく手当の有無まで確認しておくと、比較の精度が上がります。

年収の数字には表れない社会的信用という側面もあります。住宅ローンの審査では個人事業主より会社員の方が通りやすい傾向がありますし、保育園の入所選考でも就労状況の安定性が加点材料になる自治体があります。これも「見えない報酬」の一種で、家族を持つタイミングで正社員復帰を検討する相談者が増える理由の一つだと感じています。

額面の年収だけを比較すると、後払いの報酬がまるごと抜け落ちてしまいます。次の章で、ここまでの3つの見落としを一つの表にまとめて比較してみます。

実質年収の比較シート、フリーランスと正社員オファーを同じ軸で並べる

ここまでの3つの見落とし、社会保険料・稼働リスク・退職金や有給を、Aさんのケース(月単価70万円・年間稼働11か月の実績)と、受けていた正社員オファー(年収620万円)で並べてみます。

項目フリーランス(月単価70万円)正社員オファー(年収620万円)
額面ベースの年収770万円(70万円×11か月)620万円
稼働リスクを織り込んだ実質年収約630万〜735万円(稼働率75〜88%で変動)620万円(ほぼ確定)
社会保険料の自己負担(年間概算)国民年金・国民健康保険を合わせて年間90万円台厚生年金・健康保険の本人負担分を合わせて年間80万円台
会社が別途負担する保険料0円80万円台(本人には見えない上乗せ)
有給休暇の金銭価値(年間目安)0円約26万〜33万円(年10日想定。オファー年収÷約240日換算〜単価換算)
退職金(勤続10年時点の目安)0円100万円前後(中小企業の一例)
老後の年金基礎年金のみ基礎年金+厚生年金(報酬比例部分)

額面だけを見れば150万円のダウンですが、稼働リスクを織り込むと差は10万〜115万円程度まで縮み、さらに会社負担の保険料や有給・退職金という見えない上乗せを足し合わせると、実質的な差は大きく縮み、ほとんど残らないケースもあるというのが、私が数字を並べ直したときの実感でした。

求人票の年収表記そのものに賞与や固定残業代が含まれているケースもあります。額面の内訳次第でオファー額の実態が変わることは以前の記事でも検証しましたが、フリーランスと正社員を比べるときは、それ以前の段階、つまり比較している2つの数字が「そもそも同じ土俵に立っていない」ことに気づく必要があります。

この比較シートは、そのままAさんの数字を写すのではなく、自分の実績値に置き換えて初めて意味を持ちます。オファー面談や自分の確定申告の数字を見ながら、次の3点を埋めてみてください。

自分の数字に置き換えて計算する3つの確認ポイント

  • 過去2〜3年の確定申告(または請求実績)から、実際の平均稼働率を算出する
  • 直近の国民年金・国民健康保険の年間支払額を、控除証明書や納付書で確認する
  • オファー先の求人票・オファー面談で、有給日数・退職金制度・各種手当の有無を確認する

なお、この表は税引き前の比較です。フリーランスは経費の計上や青色申告特別控除(最大65万円)で所得税・住民税が変わり、個人事業税や消費税(インボイス登録の有無)も関わります。手取りで比べたいときは、ここまでの数字を自分の確定申告の数字に置き換えて計算し直してください。

正社員に戻る選考で、私が実際に見ているもの

フリーランスから正社員に戻る書類選考では、私たちエージェント側も企業側も、契約形態の変遷をかなり注意深く見ています。新卒で正社員→数年間フリーランス→また正社員に戻る、という経歴は珍しくありませんが、見られているのは経歴そのものより、その変遷から読み取れる働き方の一貫性です。

稼働のブランクについても、1〜2か月程度の空白なら「案件の切り替え時期」として普通に説明がつきます。企業側が引っかかるのは、ブランクの長さそのものより、その期間に何をしていたかを本人が説明できないケースです。学習を続けていた、別の形で技術に触れていたと言えれば、むしろ自走力の証明として好意的に受け取られることもあります。

面接で企業側が本当に見ているのは、チームでの協働経験がどれだけ「最近」あるかという点です。フリーランス期間が長いほど、一人で完結する仕事の進め方に慣れてしまい、チームでの合意形成やレビュー対応に時間がかかるのではないか、という懸念を持たれやすくなります。書類選考で転職エージェントが本当に見ている評価ポイントは以前の記事でも紹介しましたが、実績の数字よりもその実績が生まれた背景、つまり「誰とどう仕事を進めてきたか」が重視される傾向は、フリーランス出身者の選考でも変わりません。

ポイント: フリーランス出身者の選考で企業が最も気にするのは「またフリーランスに戻るのではないか」という定着への懸念です。この懸念を面接で先回りして消せるかどうかが、通過率を大きく左右します。

同じ時期に、フリーランス歴5年のBさん(30代後半・インフラエンジニア)という方も担当していました。技術力はAさんより高く、案件単価も上でしたが、書類選考の通過率はAさんより明らかに低かったのが印象に残っています。職務経歴書に並んでいたのは案件ごとの技術スタックと成果物だけで、誰とどう働いたかがほとんど書かれていなかったためです。技術力の差では説明のつかない結果でした。

職務経歴書の書き方にも工夫が要ります。案件を時系列で並べるだけでなく、複数のチームでどんな役割を担い、どんな合意形成の場面に関わったかを一行加えるだけで、選考通過率が変わったAさんの前後を私は見てきました。案件単位の成果物より、「誰とどう働いたか」を書き足すことが、フリーランス出身者の職務経歴書では特に効きます。

書類を通過した後の技術面接にも、フリーランス出身者ならではのつまずきどころがあります。実務で何年もアルゴリズムを書いていないと、コーディングテストの出題形式に慣れるまで想像以上に時間がかかることがあります。Aさんも面接前の2週間、久しぶりに基礎的な問題集を解き直したと話していました。実務での設計力とは別に、選考という形式そのものへの慣らし運転が必要になる点は、フリーランス期間が長い人ほど意識しておいた方がいいと思います。

契約終了のタイミングと転職活動のスケジュールを合わせる

正社員への転職活動は、契約更新の1〜2か月前から動き始めるのが現実的です。フリーランスの契約は更新月の1か月前後に更新可否の連絡が来ることが多く、その連絡を待ってから動き出すと、書類選考・面接・内定までの期間中に無収入の空白が生まれやすくなります。逆に早く動きすぎて内定を長く保留にすると、企業側の心証を損ねることもあるので、契約更新のサイクルから逆算して選考スケジュールを組む視点が必要です。

実務上は、生活防衛資金として最低でも3〜4か月分の生活費を確保したうえで動き出すことを勧めています。社会保険の切り替えにも空白が生じやすく、内定から入社までの間に一時的に国民健康保険・国民年金の手続きが必要になる場面もあるためです。

「なぜ正社員に戻るのか」、通った答え方と懸念を強めた答え方

面接で必ず聞かれるのが「なぜ今、正社員に戻るのか」という質問です。この答え方一つで、面接官が抱く定着リスクへの印象は大きく変わります。

Aさんが最終的に話していたのは、「一人称の裁量で技術を磨ける経験は貴重だったが、自分の実装がプロダクト全体の意思決定にどうつながるかまで見えるポジションで、中長期的に関わりたいと思うようになった」という内容でした。フリーランスでの経験を否定せず、その先に求めるものとして正社員という選択を位置づけている点が、面接官の懸念を打ち消す方向に働きます。

逆に懸念を強めてしまうのは、「案件が急に減って収入が不安定になったので」「一人で仕事をするのがしんどくなったので」という、ネガティブな事情だけで終わる回答です。事実としてそれが動機の一部だったとしても、それだけで話が終わると、状況が好転すればまたフリーランスに戻るのではないかという印象を面接官に与えてしまいます。

実際の面接で、面接官から「収入が不安定だったことが一番の理由ですか」と重ねて聞かれた場面がありました。Aさんはそこで「それも理由の一つですが、一番大きいのは、自分の実装が採用されるかどうかの意思決定に、もっと早い段階から関わりたいと思うようになったことです」と答えを重ねました。不安定さの話で止めず、その先の希望まで一言添えたことで、面接官の表情が変わったと本人も振り返っていました。

実際にはどちらの理由も本音として存在していて構いません。ただ、伝える順番と重心の置き方次第で、同じ経験がまったく違う印象になります。不安定さへの言及は事実として簡潔に触れる程度にとどめ、正社員に何を積極的に求めているかを自分の言葉で説明できるかどうかが、選考を通過する分かれ目になっています。

面接で「希望年収」を聞かれたときの答え方にも、フリーランス出身者ならではの注意点があります。単価ベースの感覚のまま「今の手取りを下回りたくない」とだけ伝えると、額面だけの比較をそのまま持ち込んでいると受け取られかねません。希望年収の伝え方の基本は面接で「希望年収は?」と聞かれたときの答え方を整理した記事でも触れましたが、フリーランスから正社員に戻る場合は、ここまで見てきた社会保険や退職金を含めた実質ベースの金額で希望を伝えた方が、面接官にも根拠が伝わりやすくなります。

カレンダー形式のカードに稼働月と空白月が並び、隣に高さの揃った棒が等間隔で並んでいるイラスト

まとめ、額面の差に飛びつく前に見えない部分まで積み上げる

フリーランスエンジニアが正社員に戻るかどうかを額面の年収比較だけで判断すると、社会保険料の実額・稼働リスクの期待値・退職金や有給という後払いの報酬という3つの見落としによって、実態とはかけ離れた結論に飛びつくことになります。Aさんのケースのように、150万円のダウンに見えた数字も、実質的に比較し直せば差が大きく縮むことがあります。

額面の差に飛びつく前に、見えない部分まで積み上げて比較できるかどうかが、この決断で一番大事なことだと私は考えています。フリーランス向けの案件紹介サービスは、性質上どうしても「フリーランスを続けた方が得」という比較で止まりがちですが、正社員紹介の立場から見ると、額面の裏側にはこれだけの見えない報酬が積み上がっています。フリーランスとして得た経験は、正社員に戻ってからも決して無駄にはなりません。数字の比較と、選考での伝え方、その両方を整えたうえで、納得できる決断をしてもらえればと思います。